恋をしたの。
エラーやバグなんかじゃない。恋が始まってからメンテナンスを受けたけれど、異常はどこにもなかったもの。もしこれが悪いものだったなら、その時に直されていて、今のドキドキだって、きっと存在しないはずだから。
ロボットの、しかも作業用の自分が、コマンドにない恋をするなんて、本当はあり得ない事だとは思う。いらないものは極力省いて、いる部分を特化していった、その結果生まれたのが今の自分なのだから。
でも、博士はとても優秀なロボット工学者だから、人間みたいにデータがなくっても自分から新しい行動を生み出す、そんなAIを作る事ができるかもしれないし、そこまでいなかくっても、業者の人にはわからないように、こっそりと、恋やその他が出来るようにデータを入れていてくれたかもしれない。博士は優しい人だから、色んな事ができるように、って入力してくれていたっておかしくないの。
今日も遠くから、私の恋の相手を見つめる。ダイバーみたいな格好で、緑の、浅瀬の海色の機体のロボット。名前とナンバーは知っているの。DWN.011、バブルマン。DWNは注意しなさいって、この仕事を始める時に教えられたけれど、でも建前と実際とは違っている。
広い海を相手にする仕事に、悪いロボットや良いロボットなんてあまり関係ない。垣根を越えて情報をやり取りしなければ、善悪関係なく自然の力に押しつぶされてしまう。だから悪い側と言われるロボットとでも、会話はしたりしている。 そちら側のロボットは、もちろん想像通りの性質が多いけれど、バブルマンはちょっと違っていた。たくさんの人たちが近くを見る中で、あの人は遠くを見る。多くの人達が、目の前の美しい物を見つめる中、彼はそれに隠れている、小さな、でも綺麗なものを見つける事が得意な人なのだ。
長い間を水の中で一人過ごしてきたから、と笑って言うけれど、とても尊い事のように感じられた。あの人の見る世界は果てしなく広くて、不思議で、きっと美しいのだろうと常々思っていた。私も彼と同じ世界が見たいと、見つけた物の話をしたいと、考えるようになるのに、そんなに時間はかからなかったような気がする。そして、それが恋に変わってゆくのも。
この恋が叶う、なんて思っていない。一緒の世界が見たいと言ったら、彼はきっと、僕と一緒の世界を見ちゃいけない、と言って離れてしまうから。
恋が叶わなくってもいい。あの人がいなくなってしまうのなら、彼の見える世界に触れる事が出来なくなってしまうのならば、このままだって、構わない。
ただ……少し願いが適うなら、人よりちょっとだけ多く、彼の世界に触れさせて下さい、と思う私はとても我が侭なのかもしれないと考える、今日この頃なのです。
終わり
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