曖昧な線の世界では、心は薄く柔らかいゴムに包まれた液体のようになる。下手に触れれば個は形を失い、周りに溶けて薄くなる。
そんな風景の中で、彼は今までの出来事を眺めていた。役者は関節をヒモでやっと止めたような人形達だ。操作も、小道具も、音楽も、全てに熱が入っており、時々それが本物に見えることがあった。
「どうして僕がロックマンに選ばれたんだろうね」
機械羊に座った小さな英雄はぽつりと呟く。言葉の芯が掴めず、羊はただ黙って彼を見つめる。
「僕よりも、もっと強い人や勇敢な人はたくさんいるんだ。でも、どうして僕だったんだろうねぇ」
ひどく少年らしい声だった。……よくよく考えれば、当然だ。彼は人間で言えば十歳程度の、家庭用のお手伝いロボットなのだ。
「運命は、その時に良い道を見つける事が出来る者を選ぶ、と聞いた事がある」
ぽつ、ぽつ、と降り始めの雨のように羊は声を出す。人形劇の音の方が大きいので、少年は聞き落とさないよう下の羊にイヤーレシーバーを近づけた。
「君より強い者、かしこい者はたくさんいた。でも、良い道を見つける事ができたのは君だけだった。だから、君はロックマンに選ばれた」
「……僕が選んだ道は、良い道、だったのかな?」
少年はか細く、頼りない声を小さく出して羊の毛に顔を埋める。日光でも浴びてきたのだろうか、お日様の匂いがした。
「君は良い道を選んださ、少なくとも、私にとっては。君がロックマンだったから、私は救われている」
一時の沈黙の後、ありがとう、と微かな声が耳に入ってきた。羊は背中のヒーローが小さく、軽いことに今更ながら気づいたのである。
終わり
悩んで戦って、25年。多分戦ってきた誰もが、こいつが相手でよかった、と思っているんでしょうね、きっと。
[1回]
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