ひどくしゃがれた老婆の声を覚えている。
「お救い下さいませ」
老婆は襤褸切れを纏って、ずとずとと、酷く鈍い足取りで神が座すると言うイヤンヤ・ヤカンの岩に祈っていた。老婆だけではない、子供も、大人も、男も、女も、ニンゲンと呼ばれる何もかもがそこに祈りを捧げていた。
「お救い下さいませ、エデカント様、どうかお救い下さいませ。長く、長い争いに、衆生は疲れ果てております」
各々が勝手に始まり、好きな速さで言葉を捧げる。普通、こういったものは不協和音となるはずなのに、なぜだろう、まるで合唱のようだった。
「お救い下さいませ、エデカント様、どうかお救い下さいませ。衆生は涙も血も枯れ果て、流れるものは声しかありませぬ」
「お救い下さいませ、賢く慈悲溢れるエデカント様、どうかお救いを」……
哀れで悲しい声は風に流れてどこまでも続く。始めたのは同族だと言うのに、随分と勝手であるなとは思う。まあ、彼らにしてみれば、上と下では違うのかもしれんが。
(しかし……エデカントと言えば)
『ネプチューン、聞こえるか、ネプチューン』
通信機に飛び込んできたのはサターンの声だ。なにやらひどく急いでいるようである。
『どうしましたサターン、何か……』
『呼び出しがかかったんだよ、なんか重要な用事らしい』
すぐ向かう、と返事をして足を向ける前にもう一度イヤンヤ・ヤカンの岩を見た。祈りは今もなお続き、言葉が辺りに木霊していた。
作り手の元に赴き、彼の命を受け星の外へ出でて数時間後――隕石の衝突により母星は滅亡した。
イヤンヤ・ヤカンの前にいた、ニンゲン達の願いは叶ったのだろう。
エデカントは死の神である。
終わり
花言葉は一つの花に複数ある場合があります。
例えば絵に描いた蓮は「雄弁」「休養」「神聖」「離れゆく愛」と言うものの他に「救って下さい」というものもあるそうです。
[1回]
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