部屋から出る前に、いつも辺りを見回して誰もいないことを確認する。形骸化して、ほとんど儀式になった行動をしないと落ち着かない、と思ってしまうのは、きっと博士が僕の精神を人間に近いものにしたからだろう。
内側から鍵を閉め、部屋の下にある海底への通路になっているプールに向かう。回線を少し開いて、基地の中の様子を探ってみるけれど、誰も僕の行動に気づいていないようだった。
パスワードを打ち込んで、外界への扉を開けると真新しい海水が音もなく流れ込んでくる。僅かに上がった水圧に思わず後退しそうになるけれど、足をしっかり踏ん張ってそれを受け流し、僕は思い切り鉄の海底を蹴り上げて外に向かう。目指す場所は、いつも待ち合わせに使っている、あの岩場だ。
プールの水と違う冷たさの中を、僕は小気味良く泳いでいく。開きっぱなしの回線から零れ落ちる皆の会話は平穏そのもの。誰かが名前を書いていたE缶を飲んだとか、本を貸してほしいとか、これだけを聞いていたら、話しているのが戦闘用ロボットだと言っても、人は信じないかもしれない。
――バブルは、出て行ったのか?
無数の会話の中で、突然僕の名前が呼ばれた。気分良く水に委ねていた体を起こして、僕はじっと声の主を探す。
――……そうみたいですね、部屋にもいません
最初の声の主はメタル。そして次に返したのは……どうやらフリーズのようだ。近くにあった岩に腰をかけ、僕はメタルの次の言葉を待った。なぜだろう、動力炉の動きがひどく早い。
――まったく、あいつときたら……
メタルの出す声はため息が混じっている。辺りの水温が急に下がったような感じがしたのは、きっと体が熱を生み出し始めたからに違いない。
――……恋人に会いに行くなら、そう伝えていって欲しいな
すとん、と機体の温度が下がった。それこそ、音がしそうなほどに。僕の緊張なんか知らない二人は、回線の中で笑い声を木霊させている。その声にむかっ腹が立ったから、僕は回線を切って目的地へと急ぐ。
わかっているのだ。皆が、当の昔に僕と彼女の仲を認めてしまっていることくらい。気の早い奴なんぞは、さっさと連れてきてしまえ、と思っていることだって。
それなのにこの事を隠しているつもりのは、彼女のため、というのと話の種になりたくないから、それから……。
(基地に堂々連れてきたら、皆に取られちゃうじゃないか)
……僕の小さな我が侭から。
一瞬、ひどく強い光が指して辺りを照らす。揺れる海草の中に、紅色の珊瑚を見つけ、僕は泳ぐスピードを上げる。ここまで来たら、目的地はもうすぐだ。頭の中で、岩に腰掛けるスプラッシュの姿を思い描きながら、僕はただひたすら泳いでいた。
終わり
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