シープと、ちょっとだけチルド。
シープが牧場で働いていた頃の些細な思い出話。オリジナルキャラが出ています。
[2回]
「ねえ、シープ、ちょっと見て頂戴」
牧場主の奥方は、そういって自分を手招く。急ぎの仕事を抱えていれば、少し待ってもらうように言うものだが、幸いにしてシープはヒマだったので、彼女の言う事をすぐに実行できた。
「何でしょうか?」
「ねえ、これ」
彼女は靴と靴下を脱いで足を見せる。幅が広く、僅かに日に焼けた、こういう仕事をしている人が持つ足だった。
「何か、怪我でも……?」
頭を傾げ、細かいところまで見つめるが、足先に変わっているところはなにもなかった。
「違うのよ、ほら、中指を見て頂戴」
奥方はじれったそうに、足の中指を指差す。狭まられた範囲を、シープは更に見つめ、ようやく彼女が何を言いたいのかがわかった。
「足の、中指が少し長い気がします」
彼の言葉を聞き、奥方は肩を落として息を吐く。間違ったことを言ってしまったのか、シープは内心ひどく慌てていた。
「やっぱり、そうよねぇ……」
そう呟いた彼女はシープの頭に手を伸ばし、優しく人工羊毛を撫でた。
「昨日、温泉に行ったら友人に言われてねぇ……そういえば靴下も親指からじゃなくて変なところから穴が開くから、おかしいと思っていたんだけど……貴方にも言われてすっきりしたわ、ありがとうね」
奥方は手を更に沈め、羊毛の奥にあるシープの本来の頭を撫でた後、ようやくにこやかに笑ったのだ。
「……って事を思い出したんだ」
コーヒー味のオイルがカップに注がれるのを見つめながら、シープマンは感慨深そうに話を閉じる。付き合いをしていたチルドは、短い相槌を打って目の前の椅子に座った。
シープマンが昔の、しかも他愛のない、ごく些細な話を零すのは良くある事だった。それは記憶の整理のためか、それとも何かしろ共有してほしいのか、それとも気まぐれなのか聞いている方はもちろん、話をしているシープ自身にもわからないのである。
「その話の後、私は特に何も言わなかったんだが、やはり何かを言った方がよかったんだろうかな?」
カップを持ち、熱い、と人間臭く反応する羊の姿を見て、チルドは少しだけ笑った。ロボットであり、まして人型から離れた姿をしているのに、シープは時に誰よりも人間臭くなるのだ。
「……言わなくて良かったんじゃないかな。彼女は、ただもう一度確認が取りたかっただけなんだと、私は思うよ」
シープはいくらか黙った後、そうかな、と呟き、カップに口をつけた。が、まだ温度が下がっていなかったのだろう、熱い、と小さく叫んでまた口を離した。
目の前の羊の姿を見ながら、チルドは彼にわからないよう、かすかに笑みを浮かべた。
終わり
シープのステージ音楽を聞きながらふと思いついた話でした。シープの曲は浮遊感というか、不思議な雰囲気に溢れていて、聞いていると変な話を書きたくなります。
……だからといって、変な話を書いていいわけじゃないんですがね。
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