緑色のもやもやとした水底に二体、ロボットがいた。周囲の水の色と同じ、深緑色の人型ロボットは、人魚型の青いロボットに抱えられるように寝転んでいた。
「……」
人型ロボット――バブルマンは自身の体に絡みつく白い腕をにらみ続けていた。悪意を持って、持っていないに関わらず、握り締めたら折れそうなほどの細さだというのに、どうしてどうして、自分を押さえ込むほどの力を有していた。
戦闘用のドクターワイリーナンバーの自分が、たかだか工業用のドクターライトナンバーにどうして抱えられてしまっているのか。その経緯をバブルマンはいつも覚えていない。気づいた時にはこの女に抱きしめられていたのだ。
「……いい加減放せよ」
恨みを込めて、声を低く出す。人間や、感情を持ったロボットだったら即座に震えてしまうだろうその音を聞いても、人魚形ロボット――スプラッシュウーマンは腕を外すことはなかった。
「いやよ。……放したら、またどこかで悪さをしにいくんでしょう?」
「……今日はしない。テストで泳いでいただけだ」
事実を正直に告げ、放せ、と腕をゆするが彼女は首を振った。何がいいのか、その顔はとろん、とまどろんでいるように見える。
「何か抱えたかったら、さっさと家に帰ってクッションかぬいぐるみでも抱えていろ」
「こんな硬くて口の悪いクッションは、生憎家にはないの」
いつもこうなのだ。出会うとこの女は、いつだって自分に付きまとい、腕を絡ませ、一人で恍惚としている。その顔を見るたびに動力炉が不調を起こすので、バブルマンは不愉快で仕方なかった。
「……俺はお前のことが嫌いだ」
「知っているわ」
「……だったらなんで放さない、なんで逃げない」
人魚の唇が自分のマスクに触れるか触れないかの位置まで近づいている。いや、気づいていないだけで、実際は触れているのかもしれない。
「貴方が嫌いだって、言ってくれるから」
「……?」
「好きの反対は、嫌いじゃないのよ。貴方はその反対を言わないで、嫌いって言ってくれるから」
わけのわからないことを話す女にバブルは困惑する。好意を寄せられて嬉しいならまだわかる。だが嫌いといわれて何が嬉しいというのだ。普通なら嘆き悲しみ、あるいは憤慨するはずなのに。
「……変な女」
「嫌いじゃない?」
「……嫌いだ」
「それならよかった」
まだ、嫌いって言ってくれて。……そんな呟きが聞こえた気がしてバブルは顔を上げたが、女の唇に近づいただけだった。
「……いい加減に放せよ」
「……好きの反対を答えられたら放してあげる」
嫌い、と言い掛けてバブルは答えるのをやめた。さっき女が好きの反対は嫌いではない、といったばかりなのを思い出したからだ。
答えを求めて、バブルは深く考え込む。スプラッシュはそんな彼の顔を、頬を染めながら見つめていた。
終わり
最初のプランだと「貴方の嫌いは好きって意味だもの」とスプさんが言ってバブさんが「じゃあその反対を言えばいいんだな。……いや待てよ、そういったら好きだ、とか、愛しているといわなきゃいかんのか? いや、それはたとえ嫌いという意味を込めているとしてもさすがに言えないぞ?! だからって嫌いって言っても……どうすりゃいいんだ?」とうだうだ悩んでしまう、ってのだったんですが……どうしてこうなった。
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