十分に炒めた野菜や肉の上に、出来合いの中華麺を載せ、丁寧に混ぜ合わせる。頃合いを見計らい、そこに塩コショウ、そして決め手であるソースを振りかける。熱した鉄板に滴った瞬間、食欲をそそる、香ばしい匂いが辺りに広がった。
うっとりと、その香りを嗅ぎながらクリスタルは目を細めた。ロボットの自分には直接利益を齎さない物だが、それでもこの漂う香りには心が躍るのである。
十分にソースと麺を絡ませ、脇に積んでいたプラスチックの容器に適量を詰め込み、ガラス張りの保温器へと放り込んでゆく。粗方を入れ終わり、最後にほんの少し残った、いささか焦げ身が強い物を同じ容器に収めると、クリスタルはそれを別の棚に――従業員が私物を臨時で置いておく棚にしまい込んだ。
(これで私のご飯は大丈夫、と)
扉のしまった棚を前に、パチン、と手を叩くと、クリスタルは小さく頷いた。これは横領などではなく、親方から許可をもらっての物なので、問題は全くないのだ。
「すみませーん、お願いしまーす」
カウンターから、お客さんの高い声が聞こえた。時計を見れば、そろそろ稼ぎ時、一番忙しい時間帯になろうとしている。
「はーい、すぐに参ります!」
もう一度、エプロンの紐を結び直し、クリスタルは訪れてくれたお客さんの所へと駆け寄ったのである。
時刻は正午を通り過ぎ、一時を三十分も超えていた。その頃になると、フードコーナーの前を彩るテーブル達にも暇ができ始めていた。
「それでは、私はちょっと、休憩に入りますんで」
「はあい、お疲れさんですー」
手伝いにやってきたバイトの人間にそう告げると、クリスタルはエプロンを脱ぎ、しまっていた焼きそばと袋を取り出す。作ってから大分時間が過ぎ、すっかり冷めてしまっているが、レンジで簡単に暖められる。
(やはり、博士にお願いして味覚やらを付けてもらったのは正解でしたね)
用意していた袋に焼きそばと、割りばしを入れながらクリスタルはマスクの下でほくそ笑む。資金困窮の時期に生まれた彼を含めた五期ナンバーズには、そもそもそう言った食物を食べる、と言う機能はついていなかった。
しかしフードコーナーでの軽食作り等、資金繰りで訪れる仕事場で、それらの能力を求められる事があり、クリスタルを含めた数体が、博士に頼んで人と同じ味覚等の食事に必要な機能をつけてもらったのである。
(最初はお金の無駄、なんて考えたりもしましたけど、職業選択の範囲も広がりましたし、こうやっておすそ分けなんかもあって、結果的にエネルギー代が浮いたりして、結構便利なんですよねぇ)
従業員の休憩棟へと向かう、クリスタルの足取りは軽い。ウェーブほどではないが、シブチンの傾向にある彼にとって、経費が減るのは喜ばしい事なのだ。
来園者の楽しげな歓声と、遊具の動作する音が遠くから聞こえてくる。今日も満員御礼で喜ばしい限り、と目を細めていた、その時だった。
「あの、ロボットさん」
鼻歌でも歌っていたら、聞こえなかっただろう程、か細い、今にも消え入りそうな声で呼び止められる。クリスタルはすぐにそちらを振り向こうとしたが、その動きは僅かに鈍った。
(こんなところに、お客さんが来るか……?)
彼が今いる場所は、用具の移動などに使われる、いわば従業員用の裏道である。うっかり迷い込んでしまった、と言う事も考えられるものの、そう簡単には入り込めない作りとなっているのだ。
とは言え、こんな所にやっていたとはいえ、お客様はお客様である。愛想の良い、優しい声で返事をしながら振り向くと、そこには男の子が立っていた。
「あの……ごめんなさい、ロボットさん、あの、ね……」
ごそごそ、もぞもぞと手遊びをする、彼の目と声は気の毒になるほどこちらの顔色を窺っている。手足は枯れ枝の様にやせ細り、その肌色はぞっとするほど青白い。纏っている服はボロボロで、一部なぞは糸へと戻ろうとしている程である。
「どうしたんです、坊や? お母さんや、お父さんは?」
子供の目線にまで身を屈め、ゆっくりと尋ねてみる。男の子は気まずそうに眼を逸らした後、もしょもしょと声を窄めた。
「おとうさんね、いないの。おかあさんはね、おともだちといっしょに、でていっちゃったの」
彼の言葉に驚き大きく目を見張った時、クリスタルは目の前の子供の影がひどく薄く、いいや、全くない事に気づいたのである。
(……ああ、なるほど……)
男の子の顔と、痩身の後ろを見比べた後、クリスタルは無言で頷いた。
「……そうなんですか。じゃあ坊や一人なんですね」
「うん、ぼくね、はじめてゆうえんちきたの。あっちこっちみてたら、おなかがすいてきたの……」
そこで言葉を切り、彼は穴の開いたズボンのポケットを弄る。
「それでね、ロボットさん。これでね、かえるものってあるかな?」
まあるく、怯えた目をして取り出したのは、百ゼニー硬貨が一枚、それだけだった。
彼は、クリスタルと、掌のお金を見比べて首を竦める。細い脚はじりじりと後ろに下がり、ちょっとした声を上げたら、逃げ出してしまいそうであった。
「そう、ですね。そうだ、これなら、それで買えますよ」
息を吐いた後、表情を和らげて焼きそばの入っているビニール袋を彼に差し出す。小さい瞳は、それが前に来た途端、裂けんばかりに見開かれた。
「これ……?」
「少し焦げていて、量もあんまりないですけど、私が丹精込めて作った焼きそばです。冷えていますが、とてもおいしいですよ」
そっと、空いている彼の掌に、ビニール袋を載せる。痩せた体には、この重みも大変なのか、くらくらと不安定に揺れた。
「……いいの?」
「いいんですよ、本当に売れ残りの部分ですからね。それでは、お代をいただきますね」
掌を差し出すが、対価と見合った物なのか迷っているらしく、子供は焼きそばと手の中のお金を見つめて、なかなか動かない。
「本当に、いいの?」
再び尋ねる彼に、クリスタルは無言で頷く。ようやく心が決まったようで、男の子は震える手で、店員にお金を渡した。
「……ふむ、ではおつりです」
袋から財布を出し、十ゼニー硬貨を六枚取り出して子供の掌に柔らかく置いた。
「焼きそば代四十ゼニー、確かにいただきましたよ、ゆっくり味わって下さいね」
「……! ありがとう、ロボットさん!」
ようやく子供らしい笑顔を浮かべた彼につられ、クリスタルも目を細めた。
後ろを振り返った子供は、ペタペタと走り、そして空気に溶けるように、消えたのである。
「ん、クリスタル、お前今日、焼きそばじゃなかったっけ?」
石炭を齧りつつ、チャージは窓にほど近い席に座るクリスタルに話しかけた。
「ええ、焼きそばにするつもりだったんですが、生憎売り切れてしまいましてね。お客さんが一杯、と言うのは悪い事じゃありませんので」
緊急用に置いてあるE缶を啜りつつ、末弟は表情を変えずに言葉を返す。単純な性格のチャージは、それ以上探り込む事はせず、クリスタルの前に座ると、再びぼりぼりと石炭を齧り始めた。
無骨な音に耳を傾けながら、そっと窓の外へと目を向ける。あの男の子はいないようで、少し安心するが、他にも影のない子供が、そこここを所在なさげに歩いている。
遊園地には、子供の幽霊が多いと言う。
終わり
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