海王星波。お付き合いする前の話。かなりにうっすら。
[0回]
その砂浜は恐ろしいほどに美しかった。白い砂粒は全て同じ形をしていて、手で掬うと抵抗なく隙間から零れ落ちていく。寄せる波は翡翠色に透き通り、飛沫と共に上る芳香には、俗世の色が微塵も交じっていないのだ。
そこまで清廉であると、美しさに恍惚とする前に恐ろしさを覚えるが、そこはただ無闇に潔白だったわけではない。砂浜はある島に位置しているのだが、そこは陸地からひどく離れた場所にあり、さらに海流の関係で目立った漁場もなかった。その為、人の手垢がつく事なく、今日まで現世にはないような光景を保っていたのである。
「……なんか、もったいない事をしてしまったような、気がしますね」
真砂に足跡をつけながら、ネプチューンは頬を強張らせながら笑う。寄せる波飛沫は純粋な潮の香りしかせず、その甘さに眩暈を覚えるほどだった。
「何が」
数歩離れた位置を歩くウェーブは、顔も上げずに無愛想気味な返事をする。人によってはその態度に憤慨するものであるが、ネプチューンは彼の人嫌いな性質を知っていたので、むしろ反応してくれた事を喜んでいた。
「神秘的な場所を、歩いて良いものかと。遠くから見ていた方がよかったかしらん、と思いましてね」
地球の環境に慣れる為、バブルマンの提案でネプチューンは良く海底散歩やビーチコーミングを行っていた。今回の場所も、件の人物から勧められた所なのだが、ここまで純白な世界だと、彼は思わなかったのだ。
「なんだか、足跡をつけるだけで罪のような気がしてなりませんね」
「オレ達が一時間歩いただけなんて、この砂浜はすぐに忘れてしまうさ。波がどうかしてくれるんだから」
少し後ろを振り向いてみれば、歩んできた後は波に削られ跡形もない。今の足元すら、翡翠水の魔力で消されてしまいそうなのだ。長期であるならともかく、ほんの少しの散歩で立ち寄っただけならば、自分達がいた証など、すぐになくなってしまうのはわかっていた。……まあ、それはそれで、すこし寂しい気はするが。
「それでしたら……まあ、少し安心ですね」
人心地ついて余裕でも出たのだろう、ネプチューンは大海の方に体を向けると、大きく伸びをした。
「……本当にこの星は良い所だ。海も空も綺麗だし、生き物もたくさんいて、面白い」
緑の、ヒレのついた足で冷たく爽やかな海水を軽く蹴り上げる。水は小さく立ち上り、細かな水滴は日光に照り返すが、すぐに仲間と同化した。
ネプチューンの生まれた星は長い戦争のせいで、自然はその多くが死に絶えていたと言う。特に海は、重金属と化学薬品、多くのゴミに塗れ、恵みをもたらす場ではなく広大な毒沼と化していたそうだ。
「綺麗な海で泳げたし、アナタにも出会えたし、ワタシ、本当にここに来れてよかったと思います」
「……なんでそこで、オレが出てくるんだよ」
にいっと笑うネプチューンを、ウェーブはじっとりとした目で睨みつける。が、彼は堪えていないのか、朗らかに顔を崩した。
「まあ、そこは、個人的な理由でして、うっふっふ」
はっきりした事を言わぬまま、ネプチューンは再び前を向いて歩き出す。数歩遅れ、ウェーブもそれに続く。
誰も気づく事はないだろう。ブツブツ言いながらも、ウェーブがマスクの下で笑みを作っていた事に。
二人が歩いた痕跡は、柔らかい波で三十分も経たぬうちに消え去っていた。
終わり
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