ロボットと人形と言う物は、同じように人間を模した物が多いのだが、その意義は大きく異なっている。
ロボットの、その多くがなんらかの目的を持って生まれるに対し、人形と言う物はなんの使命も持たずにこの世に出でるのである。
故に、人形は人間に近く、また自由なのである。彼ら彼女達は、だから倫理を犯して子も産めるし、同族や創造主たる人間を殺める事も出来るのだ。……
Maria(マーリア) その1
殺人事件はかつてにもあったが、昨今に起こる物は、なかなか筆舌尽くしがたい状態である事が多い。例えば、数日前にとある地区で発生した事件の現場は、子供の誕生日会の飾りつけが、そっくり人の血肉に置き換えられたものであった。その惨たらしさに、場数を踏んだ警官が、幾人もトイレに駆け込んだほどである。
このあまりにもおぞましい事件達には、ある一つの共通点があった。端的に言ってしまえば、人間には出来ない、と言う物である。
何々、人間には出来ないと謳っていながら、実は人が行っていた……なぞ良くある話ではないか、と思われるやもしれない。確かにそのような事件は過去に多くあっただろう。
しかし……今回は、先に語った文句が生きているのだ。例えば、人間が道具を使わず、胴を、しかも頑健な男の腹を引き裂く事ができるだろうか? 指先を腹に引っ掛け、横に動かしただけで、深い谷を作る事が可能だろうか? 或いは、……いや、これ以上を書くのはよしておこう。信用できぬ話ではあるが、とにかく、最近の事件はこのような死体が現場に置かれている事が頻発していたのだ。
一つ、二つ、ならともかくそれの数が増えるうちに、当然の事だが、人々の不安は募っていった。全貌つかめぬ警察に焦れ、ブンヤに好奇心を膨らまされ、やがて市井の民は、これすなわち、ロボットの所業であろう、と考え始めたのである。
この妄想は、とは言えなかなかの説得力があった。わかりきっている事だがロボット……特に工業用の物は常であっても人以上の力を持っているのだ。例え武器になるような物を携えていなくても、その腕力だけで人を殺める事が可能であり、つまり今多発している事件中に見つかる死体を作る事が出来るのである。
しかし、とまだ反論が出来るだろう。そう、彼らロボットには人に危害を加えてはならぬ、と言う文句を抱えた三原則が組み込まれている、と。あのDr.ワイリーですら、自作のロボットにそれを組み込んでいるのだ、それがある限り、殺人は不可能なのだ、と、最後の砦の上で叫ぶ事はできるのだ。
だが、その三原則も、人間に深く刻み込まれた道徳と違い、プログラムである以上、完全に取り去る事が容易だ。それが人為的であっても偶発であっても……である。
最後の砦が崩された瞬間、世間は恐慌に陥った。すぐそこで笑っているロボットが、実は倫理を欠いたおぞましき殺人鬼かもしれない、と人々は傍から眺めると滑稽に見えるほどに恐れたのである。
世界ロボット連盟は、当たり前であるがこの事態を重く見て、すぐさまロボットの検査を行う事を決定し、ロボット工学者の多くがそれに駆り出されたのである。
「えーと、同じくサクラ印刷会社所属、オルレアンカンパニー製作D-3女性型ロボット、名前はアネコ、状態良好、CPUには異常なし」
「異常、なし、と……おし、シタマ地区で稼動しているロボットの検査報告はこれで終わりだ」
パソコンの前に座るフラッシュの声と共に、読み上げをしていたロックは長い息を吐いた。仕事自体は簡単だったが、その量があまりに膨大だったからか、軽い疲労を覚えていたのだ。
「お疲れ様、フラッシュ、入力大変だったでしょう?」
「いつもの、政府さんが持ってくるのよりは簡単だ。お前の方こそ疲れただろうが」
「あは……本当はちょっと、ね」
少し乱れた書類の端を叩いて整える。束の面にはロボットCPU検査判定と、大きく書かれているのが、目に入った。
二人は今、犯人がロボット、と目される事件が多発している都市を訪れていた。ロボットのCPU検査で招かれた、ライト博士の護衛と仕事の補佐の為である。ロックはともかく、DWNのフラッシュがなぜついてきているのかと言えば、理由は簡単で謝礼の為である。
「そういえば、ヒートマンとスパークマンからメールが来ていたんだっけ」
「ああ、あいつらと来たらここぞとばかりにお土産を要求してきて……今度はどっかの店にクッキーだってさ、謝礼だっていつもの倍とは言えそれでも少ないし、第一、観光で来てんじゃねえぞと……」
そう悪態めいた事を呟く彼の顔は、その口ぶりに反して笑っている。ともすれば狡猾な面を宿すフラッシュの穏やかな表情につられ、ロックも顔を綻ばせていた。
「後はクルオ地区とナツカ地区だっけか?」
「うん、その二つが終わったら別の人……ガノフ博士と交代なんだって」
ロックが持ってきたコーヒー味のエネルギーを啜り、やや平坦な頬を指で一掻きする。
「ガノフ……ってあのロボットの感情処理速度を飛躍的に上げるプログラムを開発したとかで賞を取った奴か。ライト博士の前は人間ロボット心理学の大家のチャッチモ博士だかで……お偉いさんがぞろぞろと来てるな」
「それだけ……この街で起こっている事が大変だって、事なんだと思うよ」
呟いたロックの顔色は全く持って冴えない。ライト博士の性分を引き継いでいるというのも手伝っているだろうが、政府に近い立場である彼は、おそらく色々と「人間達」から聞かされているのだろう、と言う事は容易に察しがついた。
「ま、俺達の奴と違って、規模は小さいとは言え直接被害が出ているからな……でも、こんな検査しても、その犯人が正規登録された奴じゃなかったらお手上げだよなぁ……」
街、特に今二人が滞在している大規模な都市には、無登録のロボットが多く蠢いている。それはギャングなど、表街道を歩けない者達の従者であったり、ジャンクとなったが何かの偶然で起動し、街の闇に逃げ込んだ者であったりする。今回の検査の対象は、基本登録名簿に載っている者だけなので、フラッシュが抱く懸念は確かにあるのだ。
コーヒーカップに口をつけながら、ちらりとロックを見ると、彼の顔はいよいよ心配色に染まっている。これはまずかったか、とその青さに申し訳なさを感じ、フラッシュはひとまず口の端を吊り上げた。
「……そういったのもあるけど、とはいえ、しないよりマシさ。これで何かしろ見つかれば大収穫だし、人間を安心させられる得もある……ところで、ド……ライト博士から電話はまだ来ないのか?」
フラッシュの幾ばくかの慰めを嚥下し、顔色を少し取り戻したロックはそういえば、と壁にかけてある時計に目をやった。
「そうだね……お友達と会ってお食事してくるって言っていたけど……もういい時間だし……」
独り言のように呟いた途端、電話のベルがけたたましく鳴り響いた。不安を被っていたロックは、すぐさまそれを破いて受話器を取り、明るい口調で電話向こうの人を迎えた。
「もしもし、博士? すぐお迎えに……」
「おおロックマン、久しぶりだな」
耳に届いた声は、彼の予想に反してとても若々しい物だった。考えていた物との違いに戸惑いながら、誰の声か頭の中を探り、ようやく受話器向こうの人物の名前を探り当てる事が出来た。
「リングマン……?」
「再会を祝して……と言いたい所だが、ちょっとそれどころじゃないんだ。すまないが、すぐにヤサ地区にあるレストランマルガリに来てくれないか?」
指定された場所に、ロックは大きく目を見開いた。レストランマルガリは、……ライト博士がいるはずの場所だからである。
続く
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