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【2024/04/28 04:11 】 |
連絡道具(潜水喞筒)
潜水喞筒
少女マンガ

拍手[3回]



 紙とペンによるものしか遠くと情報を伝える手段のない昔と違い、今は様々な方法が溢れている。メールだってあるし、電話だってあるし、状態がよければ無線通信と言う物もあるし、もちろん、手紙と言う物も健在である。
 数多の道具の中で、ダイブがテレビ電話を選んだのに深い理由はなく、向こうにも同じ道具があったから、というだけであった。間違えないように慎重にボタンを押し、相手が取るまで固唾を呑んでコール音を聞いていた。
「はい、もしもし、ポンプです」
 音声と同時にディスプレイに映像が映る。液晶向こうのポンプは、少し緊張しているのだろうか、はにかんではいるがやや表情が固かった。とはいえ、緊張しているのはこちらも同じである。小さく息を吐き、顔を解してから笑ってみた。
「よう、久しぶりポンプ」
 声をかけると、ポンプの顔が柔らかく、花が咲くように綻ぶ。何度となく見てきた表情であると言うのに、ダイブの胸は本人が動揺するほどひどく高鳴っていた。
「ダイブさん……お久し振りです」
「別れてから三ヶ月……位だったけか? まあ、元気にしていたか?」
「ええ……戻ってきた時は不安だったんですけれど、皆さん良くしてくれて……ボランティア活動している人たちも、お帰りなさいって出迎えてくれたんです」
 病気とはいえ、ポンプは人間に牙を剥いている。心無い人に何か言われてはいやしないかと、彼が帰国してからずっと気にかけていたが、ポンプの表情を見る限り、どうやら大丈夫そうである。持っていた懸念が消え、ダイブは安堵の息を吐いた。
「そうか……体の方も調子は良いか?」
「はい、そっちの方も良好です。そうそう、この前メンテナンスを受けたんですが、こっちの技術者の人が関心していましたよ、やっぱりコサック博士はすごいって」
「え、そんな事言っていたのか?」
「はい。僕の身体は浄水装置も抱えていますから、そことの関係もあってちょっと手入れが難しかったんです。でもそちらにいた時分に、少し改良加えてもらったんですが、そのおかげでとてもやりやすくなったって……。僕も時間が短くなっていて凄く助かっているんです」
「ハハハ……さすが博士だ、後でその事、ちゃんと伝えておくからな……」
 目を細めてから、ふと画面の彼を見ると、なぜか顔が切なそうなものに変わっている。やはり何かあったか、と思っていると、自分が見ている事に気づいたのか、またポンプは僅かに翳った笑顔を作った。
「どうした、……何か、嫌な事でもあったか?」
「いえ、そんなわけじゃ……」
 消えそうな言葉尻に比例するかのように、顔は泣き出しそうなものになってゆく。そんな顔をするな、と頬を撫でてやりたくて仕方がなかったが、相手は前と違ってここにいないのだ。ただ、映像が目の前にあるだけで。
「ポンプ……正直に言ってくれ。このままだと……俺、きっと心配で電話が切れないと思う」
 今までなら、相手が近くにいた状態ならば、時間を置く事ができただろう。少ししてから話を聞く、なんて事は容易だった。しかし今、ポンプは近くにいない。どんなに足掻いてももがいても、彼の隣に行くなぞすぐに出来ないのだ。
 ダイブの言葉を聞き、ポンプは目を泳がせた。何度か首を横に振り、小さく息を吐いて、そしてようやく。
「……ごめんなさい、とても自分勝手な事なんですが……」
「それでもいい。……何かあったのか?」
「いえ、あの、……あの」
 目を伏せ、ポンプは受話器に頬を摺り寄せる。その仕草はどこか、ダイブの腕に甘えている時のものと同じだった。
「……目の前で顔が見えるのに、近くにいないのって、どこか辛いなあって……これだったら、声が聞こえるだけとか、手紙だけとか、そっちの方がいいのかなって、……すみません、勝手な事を、我が侭な事を言ってしまって……」
 動力炉が重く軋む。鈍感と言われる自分がそう思った位なのだ、彼がそう感じないはずが……いや、自分以上に切なくなっているはずだ。
 受話器を握る手に力が入る。画面に飛び込んでポンプの元へ行けるなら、今すぐにでもそうしたかった。彼を抱きしめ、頬を撫で、唇を塞ぎたかった。
「ポンプ」
 喉の奥から声を出す。今まで自分でも聞いた事のないほどの低い音を。
「次の休み、必ず会いに行く」
「……」
「それまで、待っていてくれないか」
 監察官と言う立場だったから、本当はもう少し期間を置いてから会いに行くつもりだった。が、我慢なぞもう出来なかった。
 耳に届いた音に驚いているのか、ポンプは目を大きく見開いていたが、すぐに自分を取り戻し、頬を染めて何度も何度も頷いた。
「それじゃあまた……近いうちに電話をするよ」
「はい、あ、あの……」
 ん、と相槌を打つと、ポンプは泣いたままの顔で笑う。
「ありがとうございます……愛してます、貴方」
 感情の篭った言葉はいよいよもってして、ダイブの動力炉を早く動かす。愛おしさが頭を回り、今すぐにでもすっ飛んで行きたい気持ちが溢れて仕方なかった。
「俺も……お前を愛しているよ、ポンプ」
 そう伝え、名残を惜しみつつも、ダイブはようやく受話器を置いた。暗くなった画面を見ながら、初めて彼に愛していると言った事に気づいたのである。



 終わり
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【2012/10/10 23:48 】 | SS | 有り難いご意見(0)
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