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【2024/11/25 19:37 】 |


・ダイブとポンプ
・10の後の話
・ちょっとグロっぽい所があります


寝る前に読まない方がいいかもしれません。

拍手[1回]







 以前まで、ロボットが就く職というのは、例えば危険であったり、四六時中監視が必要であったりと、人が出来ないもの、と相場が決まっていたそうだ。時が経ち、従事する仕事の幅は大分増えたとはいえ、まだ手が出せない領域と言うものがある。
 それは人の生死に関わる儀式を執り行う仕事だ。ロボットにはその儀式を頭脳で理解できても、奥底にあるものまではわかりえないから、というのが理由だそうだ。だから、これらの仕事は今でも人の手で執り行われてるのだ。

 廊下の隅、申し訳なさそうに設置された群青色のロビーチェアに腰をかける。体を預けた途端、ひどく不安な音がしたのは己に重量があるからだろう。
 緯度が少し違うだけで、春の訪れは早いらしい。まだ木枯らしが吹いているだろう生まれた国を思い出し、窓から差し込む黄色い光を眺めながら、あるロボットを待っていた。
「すみません、お待たせしました」
 日差しと空調の暖かい毛布に挟まれ、うとうとしかけていた頭に男性型にしては少し高めの声が届いた。ぼやけた視界に、目が覚めるほどの青が広がっている。
「あ、あぁ、わりぃ、ぼーっとしていた」
 二、三度首を振って思考を正常にしてから立ち上がる。目の前の手漕ぎポンプの形をした青色のロボットは、じっと心細そうな眼でこちらを見ていた。
「ええっと、一応確認だが、登録ナンバーと名前は……」
「……DWN.074、ポンプマンです」
 ひどく口篭って青いロボット……ポンプマンは言う。本来持っていたナンバーではなく、新たにつけられたものにまだ慣れていないのか、それともそれを言うのが嫌なのだろう。……気持ちはわからないでもない。自分も通ったことのある道なのだから。
「ん、俺は監視員のダイブだ。これからしばらく、よろしくな」
 手を前に出すと、ポンプマンは驚いたように顔を上げる。僅かな沈黙が流れたが、ひとまず握手は終わった。
「説明は先に受けているよな?」
「はい、一年間コサック研究所で療養を受け、期間終了後、経過が良ければ職場復帰できる、と聞きました」
 まだ土しか見えない花壇の脇にある、レンガ舗装の道を歩きながら監視期間の大まかな予定を話してゆく。二人とも大柄な体躯ゆえ、どうしてもどちらかが茶色い地面に足を置かなければならないのだが、久しぶりの土臭さを味わいたくて、気づけば自然と俺はポンプマンに場所を譲っていた。
「……という感じで、明日出発なわけだが準備とかは……」
「はい、一応荷物なんかは……あ」
 にこやかに笑っていた表情がぱん、と壊れた。
「あの、すいません、職場にちょっと……」
「忘れ物か?」
「忘れ物、と言うわけじゃないんですが、少し……」
 言葉の末尾を不明瞭に濁し、ポンプマンはそわそわと落ち着きなく手で遊ぶ。幾分の怪しさはあるが、条件をつければいいと踏んで、俺は彼の望みに頷いた。
「ただし、俺もついていくからな」
「あ、え、ええ、そうですよね、ええ、大丈夫です」
 乾いた、空々しい笑みを浮かべて、青いロボットは出した条件を飲み込む。その様子にますます疑惑を募らせながら、彼の職場へと足を向けた。

 ポンプマンの職場――下水処理施設の建物は想像していたよりも小さいものだった。驚きを隠せない自分に、彼は地上にあるのは職員の待機場所で、浄水場等は全て地下に設けられていると説明をしてくれた。
 立方体の白い建物と、それを取り囲むように建てられた灰色の壁の間に、僅かな隙間がある。そこを根城にしているのは施設が育てている植物達だ。春先ゆえに残念ながら緑は見られないが、枝の端には柔らかな芽が触れれば弾けそうなほどに生命力で膨れている。
 先頭に立ったポンプマンはどんどん奥へと進んで行く。それを追いかけて行くと、太い樫の木の下で彼は足を止めた。
「ここは……」
 辺りを窺って、木の根元を見ると作為的に立てられた石が一つ、まるで碑石のように佇んでいる。その前には萎れて生前の面影が僅かにしかない花が二、三本だけ置かれていた。
 ポンプマンはその前に屈むと、目を伏せて指を組み、じっと動かなくなった。その姿はまるで、そう、カリンカ様が教会に行った時に行う形と全く同じだった。
 小鳥の微かな声の後、ポンプマンは顔を上げて長く息を吐く。場の空気が清浄になった気がして、俺は畏まった心持で背を正した。
「……すいませんでした、無理を言って……」
 沈黙の後、おずおずと彼は頭を下げた。はっと正気を取り戻した俺は、首を横に強く振り、目の前の石を見た。
「……これは……」
「……お墓、です。……下水道に流れ着いてきた死体の」
 死体、と最後の単語を鸚鵡返しに呟く。ポンプマンはもう一度石の、いや墓の前に跪くとゆっくりと口を開いた。
「ここの処理施設は、ちょっと治安の悪い所の下水道も管理しています。それで、たまになんですが、その地区の汚水と一緒にそういったものも来ることがあるんです。あ、もちろん、それらは警察に届け出ています」
 でも、と彼はそこで言葉を区切った。
「……たまに、人か、それとも動物か、それすらわからない、欠片になってしまったものが来ることもあるんです。それらまで、職員は警察に届けないんです。皆、他の物と一緒にしてしまうんです」
 ポンプマンの視線は相変わらず墓石に注がれているが、その目はもっと遠くを見ているようだった。
「僕も職員がそう処理してしまうのは、わかる気がするんです。だって、本当に欠片なんですから。それを警察に届けて、一々手を煩わせるわけにもいかないって。……でも、ただ他の物と一緒くたにしてしまうのがなんだかひどく……可哀想な気がしたんです」
 声は静かで、ぞっとするほど綺麗だった。ただ単語を並べている――しかも不穏な物が多いと言うのに、賛美歌のような物を聴いている気がしたのだ。
「人間は死んだら、お葬式をあげて、お墓に入れる。……欠片になってしまったとしても、そうしてあげなければ、望まないのにそうなってしまった人が、気の毒のような気がしたんです」
 強く冷たい風が吹き、枯れた花を僅かに動かす。ポンプマンはただ黙って飛んだ花を戻していた。
「……勝手な事をしたってわかります。本当はこんな風に埋めたりしちゃいけないってのは……でも……」
 言葉はそこで止まる。俺はただ黙ってポンプマンの隣まで来ると、ゆっくりと墓の前に跪き、彼と同じように指を組んだ。
「え、と……」
「俺も祈らせてくれ」
 目を閉じ、昔聴いた言葉を思い出して頭の中で呟く。自分の脇で、微かに動く音が聞こえ、ポンプマンもまた祈り始めた事を気配で察する。

 
 以前まで、ロボットが就く職というのは、例えば危険であったり、四六時中監視が必要であったりと、人が出来ないもの、と相場が決まっていたそうだ。時が経ち、従事する仕事の幅は大分増えたとはいえ、まだ手が出せない領域と言うものがある。
 それは人の生死に関わる儀式を執り行う仕事だ。ロボットにはその儀式を頭脳で理解できても、奥底にあるものまではわかりえないから、というのが理由だそうだ。だから、これらの仕事は今でも人の手で執り行われてる。
 ……しかし、本当にわかりえないんだろうか。あまり頭が良い方ではないから、小難しい理屈なんかでは言えないけれど……ロボットにもそれがわかる時がいつか来るんじゃないか、とポンプマンを見て俺は思うのだ。
 
 薄く残った冬匂いが春の日に暖められるのを感じながら、小さな墓の前で二人、ただ祈っていた。


 終わり
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【2012/02/10 00:58 】 | SS | 有り難いご意見(0) | トラックバック()
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