「……」
ヘラで掬ったポテトサラダを指でつまんで口に運ぶ。マヨネーズがまろやかに混ざったそこに、うっすらと塩コショウの刺激が加わり、自分としてはなかなかの味だと思う、が。
(……だめだ、わかんなくなってきた)
何度となく味見をしてきたせいか、舌が利かなくなっていた。自分としてはこれでいい、と思うのだが他の者がいいと言ってくれるかはわからない。以前、上から四番目の兄機に味が濃い、と食事の最中延々と言われ続けたことを思い出し、ダイブは少しだけ不機嫌になった。
(さて、どうしたもんか)
水を含んだとしても舌が戻るまで時間がかかる。だからといってこれを作るのを放り出すわけにも行かない。思案しながらふとレンジの方を見ると、自分より少し背の低い、青い手漕ぎポンプを模した形のロボット――ポンプマンが鍋の蓋を閉めていた。
ポンプは元々、ここで作られたロボットではなかった。彼はDr.ワイリーが作ったロボットエンザにかかり、熱暴走を起こした八体のうちの一体だ。彼らは暴動の後、経過観察のために半分ずつライト、コサック両博士の所に引き取られたのだ。
「ポンプ」
「はい、なんですか?」
呼びかけるとポンプはにっこりと笑って返事をする。味見を、と口の中で言葉を作りかけてダイブはそれを喉の奥に引っ込めた。
幼くして母を亡くしたカリンカが一人で食事を済ませることがないように、それから食卓を共にした彼女が、うっかりロボット用エネルギーを飲んだりしないように。そんなコサック博士の気遣いから、ダイブには味覚と、食物をいくらか処理する能力をあった。いや、彼だけではない。ブライトから、半分Dr.ワイリーが作り上げたスカルにまで、人間の食事を取ることができる機能がついてるのだ。しかし、これらの機能が一般的でないことをダイブは知っていた。
(身近がそうだと、他の者もそうだと思い込みがちになってしまうな)
そんな風に自省しながらポンプを見ると、彼は小首を傾げてじっと自分の方を見ていた。鍋の傍で熱いのだろうか、その頬は少しだけ赤くなっている、ような気がした。
「……お前、味覚って、あるのか?」
恐る恐る、と尋ねる。以前ぶっきらぼうに尋ねて、相手を傷つけてしまった経験から、ダイブはこういったことには自分なりに気を遣うようにしているのだ。
「はい、一応……あ、でもものすごく微細なところまではわかるか、と言われたらそれは……」
ごにょごにょと語尾を曇らせ、ポンプは手遊びをしながら答えた。きっと、彼は自分が求めているものが次元の高いものだと思っているのだろう。しかしダイブが答えて欲しいのは、目の前のポテトサラダの味なのだ。ニホンのキョウト料理の味だとか、そんなのをわかってほしいというわけではない。いや、そんな料理の味、きっと自分だって理解できないだろう。
「サラダの味は、でもわかるんだろう?」
「あ、あ、はい。それくらいだったら……」
大きく頷き、ポンプはにっこりと笑う。その顔はなかなか可愛らしい。
「じゃあ、味見してくれないか」
どうも舌がバカになっちまって、と付け加え、ダイブはヘラの上のポテトサラダを指の腹で掬い、ポンプの前に差し出す。
「え、あ……」
微かな声と、ポンプの頬に朱が走ったことで、ダイブは自分がなにをしてしまったのかようやく気づいた。うっかり自分がいつも味見をするような形を、無意識のうちにやってしまっていたのだ。
謝って手を引っ込めようとした瞬間、ポンプはダイブの手を包み、ポテトサラダがついた指先を口におずおずと咥えたのだ。
「ん……ん」
ちゅ、と軽い音を立て、ポンプは口を離す。その間、ダイブはその顔から目をそらす事ができなかった。
「うん……ちょうど、いいと思い、ます……」
次第に小さくなっていく声と反比例してポンプの頬は赤みを増してゆく。
「ポンプ、あの」
ダイブは声を出したが、その途端に空気を裂くように鍋が吹き零れた。
「ああ!!」
悲鳴に近い声を上げてポンプは火を切りに走る。何を慌てているのか、鍋を持ち上げたり、蓋を取ったり、と無駄な行動ばかりを繰り返していた。
何かを言うわけではなく、ダイブはただポンプが口に咥えた指をじっと見つめ、そして唇にそれを押し付けた。
「…… 」
その行動に意味があるのか、といわれたらきっとないだろう。感じられるのは自身の指の、硬い感触だけなのだから。それなのになぜこうも動力炉が激しく動くのかわからない。
ポンプを見ると、彼は未だに慌てて鍋を持ち上げたり蓋を開けたりを繰り返している。それに妙な安堵を覚えながら、ダイブはひとまずポンプを落ち着かせることにしたのだった。
終わり
ダイブがなんか乙女くさいですね。
私の中で、ライトさんちの子は人間と更に仲良くなれるように、コサックさんちは文章中の理由から人間と同じ物が食べられます。ワイリーさんちの子は食事できたりできなかったりまぜこぜです。6の子は全員食事ができ、10の子はまちまち。
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