人間のかいた絵や話に出てくる神様は、天から雲の隙間から指す光に包まれて現れる。
だから、彼女も同じだと思ったんだ。
海の擬似天上に広がる、光のオーロラの中から下りてきた、人魚型の女の子。
光線が届くか、届かないかわからない海の底で座っていた僕を見つけて、大丈夫?と声をかけてくれた。
海難救助の仕事をしていて、どうやら僕を、エネルギーが切れて沈んだロボットと思ったらしい。
ここから天上を見るのが好きだから、と言うと(本当は人間に見つかると捕まえられてしまうから深いところにいるだけなんだけど)、彼女は僕の隣に座って、同じように海面を見上げた。
水中タイプのロボット、特に人格があるものは本当に数が少ない。いても、例えばウェーブのように、構造上、今僕がいる深い所まで潜ることができなかったり、あるいはダイブマンのように僕と敵対状態であったりで、こんな風に、誰かと一緒に海のオーロラを見ることなんてなかった。
じっと、天上を見上げる彼女の顔はとっても綺麗で、思わず見とれてしまいそうだけれど、あんまり見るのも悪いと思って、一生懸命、光を見ていた。いつもだったら何時間だって見ていられるものなのに、今は彼女の顔を見たくてたまらない。
そんな僕に気づいたのか、彼女はこっちを向いた。怒られるかな、と思ったら、にっこりと笑って、
「本当、とってもきれいね。」
と言ってくれた。
それから彼女は、時々僕が来るここにやってくるようになった。一緒に並んで、天上を見る時もあれば、他愛のない話をしたり、あるいは彼女が歌を歌って、僕はそれを傾聴したり、とそんな風に時間を過ごすのだ。
海の中にいる間、僕は一人だったから、僕しか知らない海天上を知ってくれる人がいて、しかも同じように綺麗だと思ってくれるのが本当に嬉しかった。まるで神様がやってきてくれたみたいに感じられたんだ。
でも、喜悦とともに、恐怖もやってきた。
彼女が本当を知ったら、きっと僕の事を嫌ってここに来なくなる。そうなったら、僕はまた一人ぼっちに戻ってしまう。兄弟じゃない、まったく他人の誰かとともに時間を過ごすなんて初めてなのに、それがこんなに楽しいことだなんて知ってしまったから、以前の状態に戻るのが、怖くて仕方なかった。
だから僕は彼女にいてほしくて、プレゼントを持ってきたり(もちろん、これは犯罪にならないバイトをして稼いだお金で買ったもの)、たくさんおもしろい話をしたりと、色んなことをやった。彼女は神様で、嫌われたくなかったから。どんな無茶だってやる気構えだった。
いつものようにプレゼントを抱えて、先に来ていた彼女の隣に座って天上を見る。普段と同じはずなのに、今日はなんだか、変な印象を受けた。なんだか、妙にソワソワしているのような気がして、もしかしたら、僕の本当を知ってしまったんだろうかと、もうここに来ないというつもりなんだろうか、と思うと心が潰れそうになる。
プレゼントを出そうと右手を動かした途端、彼女は僕の腕をつかまえた。
「貴方が何をしようとしているか、わかるわ。」
彼女は眉をハの字にして、僕の後ろを見る。
「また、何かを渡そうとしているんでしょう?」
その声はどこか困ったような感じがして、僕はいよいよその時が来たんだ、と目の前が暗くなった。
「ねえ。」
彼女の腕が僕の顔に触れる。白い細い指が暗い中でよく見えた。
「どうしてそんな風にしてくれるの?」
彼女の両手が僕の頬を包む。ロボットなのにほんのり暖かくって柔らかい。
「無理しているんでしょう?眼鏡が傷だらけだし、細かい部分のメンテナンスもできないくらい。」
ゆっくりと僕の目を覆うシュノーケルグラスなぞってゆく。視線をそこに集中すると、確かに細かい傷がたくさんできていた。そういえばいつ、これを磨いたかなんて覚えていない。
「きっと、本当は辛いはずよ。そんなに無理をしてまで、どうしていろいろなことをしてくれるの?」
彼女の声は優しくて、僕の事を心の底から心配しているようだった。それが泣きたくなるくらい嬉しいけれど、本当の事は言えなかった。言ったら彼女が離れてしまうような気がしたから。
僕は言葉を探した。見つけようとしている間も、頭の中で本当の事を話すべきだ、と主張する僕が隅にいて離れてくれない。
たっぷり、二分は掛かったんだろうか、ようやく僕は声を出すことができた。
「君は、僕の、神様だから。」
本心にたくさんの紙や布を巻きつけてやっと形を整えた言葉は、まったく抽象的で意味のわからないものだった。嫌われたくない、と素直に言えばよかったはずなのに、どうしてこんな形にしてしまったんだろうか、と、言ってから後悔で脚が震えた。
彼女は何も言わないで、僕の手を握る。とても強くて、細い腕のどこからそんな力を出しているんだろうかと思うほどだった。
「私は神様じゃないわ。 貴方と同じ、ロボットよ。」
静かに声がした。今まで見るのが辛かったから視線を逸らしていたけれど、こっそり彼女の顔に目を向けると、じっと僕を見つめている。
「神様は、何かを上げなければ守ってくれないって存在じゃないと思うの。もちろんそういう神様だって、いるとは思うけど、でも、そんな身を削ってまで、何かを捧げ続けても、きっと嬉しくないと思う。」
流れる声は途切れ途切れなのに歌のようだった。でも、それを落ち着いて聞いていられるほど、僕の心は穏やかではない。次の瞬間に、もう会わない、と言われたらと思うと怖くて仕方がない。
「ねえ、私にも、貴方に何かをさせて。」
一瞬、光がここまで届いた。彼女と僕の周りをほのかに照らし、そしてまた遠くへと戻っていく。
「私にできることは、ない?」
僕は彼女の手を握り返す。なぜだろう。壊れることよりも、願うことの方が怖いだなんて。
「あの。」
たくさんの願望から、一つを取り出し、うまく形を整えようと必死になる。手が震えて、そのたびに言葉を落としそうになる。こね回して綺麗にしても、これを出してかなえられるかどうかなんてわからない。
「あの。」
「なあに?」
彼女は笑ってくれる。その笑みは柔らかくて暖かくて、本当の神様みたいだった。
「……本当のことを話してもいい?」
僕はいつものように水天上の見える場所に行く。ゆれる光のオーロラをぼんやりと見上げてしばらくしていると、彼女がやってくる。
「こんにちは、バブル。」
「こんにちは、スプラッシュ。」
彼女は僕の隣に座って、一緒になって天上を見て、話をする。
本当の事を話しても、僕達の関係は変わらない。
――綺麗なものを、綺麗だと言う貴方は、例え悪い人の側にいても、良い人だと思うわ。
真実を告げた時の彼女の言葉をぼんやりと思い出す。本当を知っても変わらずやってきてくれる彼女は、やっぱり神様なんだと、僕は思った。
終わり
バブルが弱い。書いていて途中で気づいたんですが、この話って手ブロのお姫様の奴と反対な感じになっていますね。あっちはスプさんが怖がっていましたが、こっちはバブルが怖がってて。
あっちも続き書きたいなーと思いつつ絵がかけないです。
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