「自分の声というものは自分で聞くものと、人が聞くものとでは大分違うそうよ。自分がいくら良い声だと思っていても、実際は全く別のものだったりするらしいの」
海の中、朗々と歌っていた彼女は一度音を止めてそう、独り言のように語ってくれた。僕はそれにぼんやりと相槌を打ちながら、自分のものはどうだったかな、とこっそりと考えていた。機械音で、元々作られたものだというのに気にしてしまうというのは、自分でもおかしい感じがした。
「……私の声は、綺麗かしら?」
「……それが綺麗じゃないとしたら、世の中に綺麗な声なんて存在しないね」
わかりきった事を尋ねる彼女に、僕は当たり前を説く。あんな、澄んだガラスが出すような透明な声のどこに汚いものがあるのか、と僕は少しだけ憤慨した。
「……自分は綺麗に歌っているつもりでも、そうでなかったらどうしようかって、怖くなるのよ」
……何か嫌な事でも言われたのだろうか、今日の彼女はどこか自虐的だ。顔もどこか暗くて、見ているこちらまで辛くなるほどだった。
「君の周りには、世界一正直な観客がいるんだ。彼らが追っかけている限り、君は君の声に自信を持っていいと、僕は思うけれどね」
声に惹かれてきた魚の頭をつん、と指で突きながら僕は言う。青い色の魚はくるくると回った後、スプラッシュの影に隠れてしまった。
「どこの人間に言われたか知らないし、知りたくもないけれど。……どうせ君の声に嫉妬しただけさ。一々気にしない方がいいよ」
そこで言葉を切って、僕は彼女からあえて視線を逸らした。彼女の表情はわからないけれど、笑顔になっただろうということは、後で降って来たありがとう、の音の調子からわかった。
「……それじゃあ、もっと歌ってよ。まだ聞き足りないから」
僕の言葉の後、少しほど沈黙を置いてから彼女の静かな歌が流れ始めた。波音に寄り添いながら、声は四方へと広がってゆく。
(もし、今まで)
スプラッシュの歌を聴きながら、こんな事が思い浮かぶ。
(もし、今まで聞いてきた声を一つ残して全て忘れなきゃいけないとしたら――真っ先に君の声を残すことを選ぶのに)
それくらい、君の声は綺麗なんだ。
喉の奥で出そうになった言葉を必死に飲み込んで、僕は一人、マスクの下で顔を赤くする。
忘れられそうもないほど美しい歌声は、長く長く、どこまでも響いていた。
終わり
バブルさんの一人称はなんか難しいね。仄めかす食らいの事は語ってくれるけれど、心の奥底にある、もっと直接的なものはちっとも話してくれない。
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