「ねぇ博士、どうしてワイリーは世界征服をしようとしたんでしょうか。」
ガンマとの戦いから帰還してしばらく経ったある日、僕は博士の部屋のお片づけを手伝いながら聞いてみた。
「自分の方が優れた科学者で、それを証明してみせたかったからだって、テレビや新聞、ネットでは言っていますし、僕もなんとなく、そうだったのかな、とは思うんです。」
そこまで言って、僕は、でも、と付け加える。
「でも、そうだとも言い切れないんです。僕の中では。」
僕のメモリーの中にいるワイリーは、確かに憎らしげに笑っている物が多いけれど、時々まったく別の表情をしているものもある。
例えば、この部屋でライト博士と一緒になってガンマを作るために意見を交し合っている姿。真剣な表情を浮かべていて、こっちの背筋まで正してしまうくらいの気迫に満ちている。
例えば、政府に回収されたワイリーナンバーズから来るメールを読む時の横顔。メタルマンが、ヒートマンが、とナンバーズの名前を口に出して、書かれている内容に笑いながら、ちょっと切なく眉を顰めている。
例えば、壊れたロボットの修理をしている時の背中。すぐなおしてやるからな、と、人間のお医者さんが患者さんに言うみたいに声をかけて、優しく穏やかな笑みを浮かべている。
演技だ、と言ってしまえばそうとも取れるかもしれない。でも、その時に見せる顔が偽者だと、僕にはどうしても思えなかった。だってライト博士が、僕やロールちゃん、その他のライトナンバーズに見せてくれる表情と同じだったから。
「なあ、ロック。」
ライト博士がゆっくりと口を開く。僕は本を持ったまま、博士の目を覗き込んだ。
「確かに、ワイリーは、世間が言うように、優れた科学者だと言いたいがために、こんなことをしたのかもしれない。」
ぽつり、ぽつり、と雨の降り始めのように言葉が紡がれてゆく。
「でもワイリーは……私が思うに、彼は、ロボットを救いたくて、急ぎすぎたのかもしれない。」
「急ぎすぎた……?」
博士は目を少し閉じて、傍らにある写真立てに視線を移した。そこにはなんの写真も掛かっていない。写真一枚分の日焼けがあるだけだった。
「……ロボットは人間の新しいパートナーであり、友人であり、仲間であると、世界中の人間がそう思っているわけじゃない。ロボットはただの道具に過ぎない、と思っている人だって、たくさんいる。」
最後の部分の言葉は、僕も聴いたことがある。それを聞いた時、異常があるわけでもないのに動力炉がキシキシと締め付けられて、とても苦しかった。
「……ワイリーは私と同じように、ロボットが人間の新しい仲間だと、世界中の人間が思っている世界を作りたかった。」
博士の声が、一瞬震えた。それはひどく張り詰めた糸が切れる直前のような震えで、僕は博士が泣き出してしまうんじゃないかと不安になって、思わず大きな肩に手を置いた。
「ロックに前、話したことがあったね。人々の考えを変えるには二つの方法がある、と。」
そんな僕の不安に気づいたんだろうか。博士は心配いらない、と言うようにいつもの笑顔を見せて僕に一つの問題を出してきた。不意打ちだったらかすぐに処理できなかったけれど、僕はすばやく記憶を辿って答えを見つける。
「ええっと、確か……ゆっくりと考えを浸透させていく、というのと、手段を問わず考えを人に押し付けてゆく、でしたっけ……?」
博士は僕の言葉を聴いてからうん、うん、と頷いてくれる。それは僕の答えがあっていることを示していた。
「前者は時間はかかるけど、反発は少ない。後者は時間は掛からないが、反発が多い。」
太い腕を伸ばして、日焼けだけの写真立てを博士はつかむ。
「世の中の人々全てがロボットを新しい仲間と思ってくれるその時まで、時間をかければかけるほど、その間に処分されたり、理不尽な壊され方をするロボットの数は増えてゆく……。」
暖かい指が、薄焼けたプラスチックを撫でる。その動作は僕の頭を撫でてくれる時とは、どこか違うような気がした。
「ワイリーは、その間に壊されるロボット達を救いたかった。その為には考えを押し付ける方法を……世界を征服する、という手段を選んでしまったんじゃ、ないだろうか……。」
「救いたい為に……。」
救いたい。その言葉を、僕は何度も口の中で復唱する。その間にも、僕の頭の中で、ワイリーの、あの意地悪い顔と、優しい顔が交互に映し出される。
「彼は……急ぎすぎたんだ……ワイリーは……。」
ぼんやりとした呟きが耳に届く。僕は博士と一緒になって、空っぽの写真立てを眺めていた。なんとなく、そこにあった写真には、博士と、ワイリーが写っていたんじゃないかな、と思いながら。
終わり
うちのロックは3の事件が起こる前にいろいろ見てきているので、ワイリーの事は、実はあまり嫌ってはいません。考えを改めてライト博士みたいに過ごしたらいいのに、と少し思っています。まあ、ただ4,5,6と事件が続いて7でぶち切れましたが。
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