讃美歌と童謡が混ざり合い、不思議なハーモニーを響かせている。顔を上げれば、金や銀、赤や緑のモールやボールが壁面や柱を彩り、そこに電飾が瞬いて一層華やかとなっていた。道行く人の足はせかせかと世話しないが、どこか楽しげに見えるのはこれから訪れるイベント……クリスマスの雰囲気のせいだろう。
ショッピングモールの広場に設置されたクリスマスツリーをひとしきりに眺めていたシェードは、抱えていた荷物を持ち直してそろそろと歩き始めた。聞こえてくる音楽に合わせて鼻歌を歌いそうになったのは、自身も浮かれているからだろう。元々は、行事事にうるさい遊園地で働いていた身である。戦闘用となった今でも、人間の楽しそうな雰囲気と言うものが好きであった。
お菓子が詰まったブーツが並べられた店先や、サンタやダミーのプレゼントボックスが飾られたショーウィンドウの前を通り過ぎ、次の店にさしかかろうとした、その時だった。
フューシャ色のトリコーンを被ったそのロボットは、じっと商品が並べられたショーケースを眺めていた。周りの雰囲気を否定するように、彼からは妙な殺気が滲み出ている。通行人もそれを察知しているのか、一様に彼から遠ざかっている。仮に店員が商売の邪魔、と注意しに来たとしても、男の表情と、その右腕を見た瞬間にたちまちに引っ込んでしまうだろう。
普通ならお近づきになりたくないその人物を、シェードは良く知っていた。声をかけるか否か、戸惑っていると彼の方がこちらに気づいたのだ。
「……よう」
「……どうも、お久しぶりです、パイレーツマン」
鋭い鋏となっている腕をひらひらと振るパイレーツに、シェードは覚悟を決めた声で挨拶をした。ワイリーナンバーズとキングナンバーズ、どちらも世間を騒がせたロボットである。ともすれば、和やかなこの場所で一触即発の事態が起きてしまいそうであるが、二人の間にはそのような物騒な空気は全く漂っていなかった。様々な理由で顔見知りになった彼らにあるのは、お互い苦労しているな、の一言であった。
「珍しいですね、陸に上がっているなんて」
「まあ……そのでけえ包みはなんだ?」
バスターとなっている方の手で、シェードが抱えている物を指す海賊の顔は、妙に気恥しそうだった。
「ああ、これ。スプリングへのクリスマスプレゼントです。今流行っているウサギのキャラクターのぬいぐるみ。彼がすごく欲しがっていたんです」
袋を愛おしそうに撫でて、シェードは笑う。恋人の事を想像しているのだろう、その姿は見ている方を腹一杯と言わせるほど幸せそうである。対するパイレーツの顔は苦み走り、怖い顔が更に怖くなっていた。
「惚気やがって……が、ま、てめえでいいか」
峰で顔を掻いて、呆れた表情の海賊は幸せそうな蝙蝠に言い放つ。粗末な物言いに、寛大な方であるシェードも、さすがに顔をむっとさせた。
「そんな言い方ないでしょう」
「悪かったな、ほんとは半魚……ネプチューンの奴に聞きたかった事なんだが、アイツときたらバイトの手伝いで忙しいとか言ってよ」
奴のペンギンに誘われたんじゃ仕方ねえけどよ。漏れた言葉からシェードは経緯を類推して、一つ頷いた。
「ウェーブマンの手伝いなら、ネプチューンもそっちを優先するでしょうね。んで、どういう事を聞きたいんですか」
「悪いな、……なんつうか、そのよ、お前が抱えているような物ってどうやって選んだらいいんだ?」
なんと抽象的な物言いだろう。シェードは思わず、つっけんどんに相槌とも疑問とも言い難い声を漏らした。やや間抜けな顔の彼に対して、パイレーツの表情はますます恥ずかしそうで、居心地が悪いのか地団駄を踏んでいた。
「いやよ、だから、……く、くりすます、ぷれぜんと、って奴を、よ」
パイレーツの、幽鬼のように白い顔色がかっと赤くなる。それと同時に彼はだだっ子のようにブンブンとバスターの腕を振った。いよいよもって漂う物騒な空気に、近くを通る一般客の顔は怪訝を通り越していた。
「落ち着いて下さい。クリスマスプレゼントの選び方と言っても、誰に贈るかで……」
そこまで口にして、シェードはあっ、と短い声を上げた。この男が、パイレーツが物を贈る相手なぞ、この世に一人しかいない。そしてその人物を、この蝙蝠も良く知っていた。
「マジックに贈るプレゼント、ですか……」
「そうだよ、分かったか、アイツに贈るんだぞ、マジックによぉ」
怒っているのか恥ずかしいのか。パイレーツはガタガタと震えて言葉を吐き出した。
パイレーツは奪う事だけに生きてきたロボットである。そんな彼が誰かに何かを与えようと試みているのだから、この様な反応を示すのも、無理のない話であった。
「マジックがよぉ、年に一度のクリスマスくらいは何か贈ってほしいとか言ってよぉ、去年失敗したから、今年なんとかしねぇと、向こう十年はその事で引っ張られるんだよぉ」
言葉の端々に濁点を混ぜながらパイレーツはシェードの方へと迫っていく。近づいた彼の目は血走り、正直な所、怖かった。
「去年失敗したって、何を贈ったんですか」
「……カニだよぉっ。良いのが獲れる漁場に行って、潜水艦野郎をぶっ飛ばして獲ってきた、カニっ!」
声の力強さと、出てきた贈り物のギャップにシェードは思わず吹き出しそうになった。だが、ここで吹き出しでもしたら、リモートマインが火を噴くのはほぼ確実である。そうなれば抱えているせっかくのプレゼントどころか、このショッピングモールも無事では済まない。握りしめた掌の内側を、己が鋭い爪で引っ掻いてなんとか意識を逸らそうと蝙蝠は必死だった。
「そしたらアイツ、カニなんか贈って恋人として見てくれないのねっ親戚としか思ってないのねっ、寂しいっ、ってバーナーと一緒にムシャムシャ食ってたんだよ、カニをよぉ!」
……まあ、マジックがそう言う反応を示したのも、仕方ない話に思えた。個人差があるとはいえ、恋人同士のクリスマスプレゼントと言えば、ロマンチックさが求められる事が多い。せめて同じ食べ物でも、ケーキとかワインとかなら、彼もそんな事は言わなかっただろう。色気のほとんどないカニを贈られたマジックに、シェードは少しだけ同情した。
「まあ、まあ、落ち着いて……ね。まだ名誉挽回のチャンスはあるんですから」
ひとまず様々な感情で破裂しそうなパイレーツを宥めて、シェードは彼へのアドバイスを考える事にした。
「一番贈りやすい物は花ですね。華やかですし、相手の好きな花や花言葉を使った花束なんかは素敵ですよ。赤いバラなんかは、大体の人が花言葉の意味を知っていますから、これだけの花束なんかもいいです。本数によって意味が違ってきますから、例えば一輪だけでも……」
「花は、アイツ興業のたびに贈られているから埋もれそうでいやだ」
「でしたらワインとかなんかいかがです? あの人も飲めるから、二人で一緒に」
「食い物に関わるのは去年と被るからぜってーバカにされるぞ」
「……でしたら装飾品とかはどうです? 指輪とかほ」
「持ってるけど盗品にちけーから、贈るとアシがついてアイツがヤバイ」
口ではアレコレ言いながら、マジックを思っているんですねぇ、とシェードは一瞬だけほのぼのとしたが、それもすぐに掻き消えた。なにしろ贈りやすい物が封殺されてしまったのだから。とは言え、ここまで乗ってしまった船から降りるわけにもいかない。なんとかしてこの海賊が納得できる案を出さなければ、リモートマインで爆破されてしまうかもしれない。そう言った事が無くても、自分の気が済まないのだ。
「後は……相手の欲しい物が分かれば一番ですが……そうだ、使ってもらえる物ってのも手ですよ」
少し唸って出てきた考えに、シェードは思わず手を叩いた。
「使ってもらえる物?」
「腕時計とか帽子とか、調理器具とか……身近にあって手に取ってもらえる物ですね。ただしクリスマスプレゼントですから、多少は特別感を出した方がいいですね。ちょっとだけ背伸びをして高価な物にするとか、ラッピングをしてもらうとか」
さきほどのような反論が出てこない。この回答は少しだけ、この素直ではない海賊の琴線に触れたようである。
「使える物、つったってアイツに……」
のろのろと言葉を口にしながら、パイレーツは刃物の峰でこめかみの辺りを掻く。ふ、と彼の視線が横に、営業妨害をしてしまっている店の方へと逸れたかと思うと、眼帯で覆われていない方の目が大きく見開かれたのだ。
「どうしました?」
「……ああ、あったよ、コレ、だよ。コレならいいかもしれねぇ!」
金銀紅緑の電飾が一層華やかに瞬いている。合わせるかのように降ってきた雪がそれと混ざり合い、街中が宝石のように輝いていた。
普段は邪魔でしかない雪も、クリスマスに限っては特別ですね。薄皮ほどに積もった雪の道を歩きながら、マジックはそんな事を考えていた。白面に反射した光が美しい。やかましいはずの街の声がいつもよりも静かなのは、降り積もる物が音すらも飲み込んでくれているからだろう。
ロマンチックな事を考えていると、待ち合わせ場所であるホテルへと辿り着いていた。チェックインを手早く済ませ、パイレーツが待っているはずの部屋へと向かう。心が妙に弾むのは、久しぶりに顔を合わせるからだろうか。普段を取り戻す為、ドアの前でマジックは何度も深呼吸をしていた。
ようやく心を決めてノックをする。ドアが開くまでのほんの数秒に息が詰まった。未だに尖がった所を持つこの男は、こうした再会の席でも遅刻する事がある。遅れるならばまだいい方で、会えない事だってあったのだ。
マジックの抱いた物は、幸いにして杞憂であった。さほどもしないうちにドアは開かれる。姿を現した彼に挨拶をしようとしたが、その前に部屋の中へ問答無用で引きずり込まれた。
「ちょ、っと、痛いじゃないですか」
ああ、痛い、と呟きながら見せつけるように腕を擦る。まあ、そんな事をしても、パイレーツはどこ吹く風なのだが。そんな彼をいつもの事、と飲み込んでいると、これまた突然に何かを突き付けられた。
「ほれ」
「は?」
「ほれ、あれだよ、アレ」
分かれよ、と不躾な言葉を投げられた。沸き立つ腹立たしさを飲み込みんで、マジックは差し出された物へと目を落とす。ノーマルのハンドパーツに変わっている右手に乗っているのは、幅二十センチに満たない箱だった。紺色の包装紙には銀で雪の結晶やセイヨウヒイラギが描かれ、赤いリボンがご丁寧に掛けられているのだ。
「……クリスマスプレゼントですか、もしかして」
「……もしかしなくても、そうだよ」
ほれ、と投げるようにそれを渡すと、パイレーツはそっぽを向いてしまった。ひどい人、と言ってはみるが、彼が堪えた様子はなかった。
「全く……ちょっと開けさせてもらいますね」
そう言うと、短い了承の返事が聞こえた。嘆息して、マジックは小さな箱を包むリボンを解いていく。……パイレーツは何を選んだのだろうか。この大きさから、去年のカニ、みたいな事にはならないと思う。カニは本当、おいしかったのだが、でも……。去年の事を思い出しながら、マジックはおそるおそる箱の蓋を開けた。
「……あら」
白い箱の中にあったのは二本のペンだった。片方は藍色、もう片方は紫色の軸をしている。どちらもマーブル状に白が混ざり合い、キラキラと温かく輝いている。
片方をそっと手に取ってみる。軸の肌触りの良さは普通の、よくあるプラスチックのそれと全く異なっていた。ペンの蓋を外すと、金色のペン先が現れた。もう片方も本体は同じ形をしているが、よく見るとペン先が先ほどと違い、鋭く尖っているのだ。
「セルロイド、の、シャーペンと万年筆、ですか」
尋ねるように言ってみたが、彼からの返事はない。しばらくの沈黙の後、ぽつりと言葉が落ちてきた。
「セル……は知らねえけど……お前、新しい手品が出来たって、しょっちゅうメモを取っているだろう。それでペンを落としたからって、ゴチャゴチャ言ってた時があるじゃねえか」
それを聞いて、マジックは形の良い目を大きく見開いた。確かに以前、持っているペンを落として、望み薄ではあるが彼に筆記具の持ち合わせを尋ねた事があったのだ。
ほんの些細なやり取りを覚えていたのか。粗暴な男の意外な記憶力に、胸がきゅうと締め付けられる。しかも、しょっちゅう、なんてつけているのは、彼が自分をよく見ていると言う事ではないか。
「っ、うぉ、ちょ、なにすんだ!」
感極まった、と言うほどではないが、マジックはパイレーツに勢いよく抱きついた。突然の拘束を、海賊はそれを振りほどこうとするが、そこに嫌悪のような物はない。
「ありがとうございます、パイレーツ。とっても嬉しいです」
顔を覗き込もうとしてみたが、彼はまたそっぽを向いてしまう。この男がこんな風にする時は、大体照れくさいからだ。
「……嬉しいかねぇそんな、物なんかでよ」
「嬉しいに決まっているじゃないですか」
細い腕に一際強く力を込めて、マジックは囁く。
「贈り物ってそれに触れただけで、その時の様子や気持ち、言葉を思い出させてくれるんです。それに物があるって事は、その人がいたって言う証明にもなるんですから」
体を捕らえる腕が微かに震えた。恐る恐る細い指に触れると、ぎゅっと力が込められた。
全く、こいつときたら。悟られないように小さく息を吐く。普段は中々蓮っ葉で高飛車であるのに、時折しおらしい所を見せるのだから。
「……じゃあ、よう」
顔の調子を整えて、マジックの方へと向き直すと、その腕を捕らえた。
「お前からもなんか贈ってくれるんだよな?」
覗き込んだ碧色の瞳がゆらゆら揺れる。綺麗だと思っていると、瞬きですぐにかき消されてしまった。
「当たり前じゃないですか」
ちゃんと用意してありますよ。それを聞きながら、パイレーツはマジックをベッドへと押し倒した。
「言っておくが、お前自身ってのはダメだぞ」
「貴方の場合、上げるって言わなくても持っていくじゃないですか。ちゃんとした物ですよ」
笑い声が止んでから、マジックの口を隠すマスクを外す。現れた形の良い唇を、パイレーツは味わうように吸い上げたのである。
「……ソレが、パイレーツから貰った、ペンデースカ?」
「ええ。とてもキレイでしょう」
パイレーツから貰ったペンを、液晶越しのスプリングに見えるように近づける。彼の丸い目が大きく開かれ、ペンに負けないくらいキラキラと輝いていた。
「ホントにキレイなペンデース。これで書いたらもっとイイアイディア、湧いてきソーデース。……トコロで、マジックは、パイレーツにナニを上げたデースカ?」
「葉巻用のシガーケースです。葉巻を贈っても良かったんですけど、一回吸ったらなくなっちゃうでしょ? ……まあ、彼は葉巻に限らず、普通の煙草も吸うし、パイプも使いますけどね。貴方は何を貰ったんです?」
「ワタシはシェードから、ウサギのヌイグルミ、もらいマーシタ! とーってもキュートでカワイイデース! それで、シェードには、読みたがっていた本と、レザーのブックカバー贈りマーシタ」
ほら、とスプリングはウサギのぬいぐるみを映す。コロコロとした二羽のウサギは、見ただけでもフワフワしていると分かるほどに、毛並みが良かった。
「あら可愛らしい」
「ソーデショー? コレ欲しかったデスカラ、トテモ嬉しかったデース」
ニコニコ笑うスプリングの顔は無邪気である。が、うっかりあの時の、四人で楽しんだ時の事を思い出してしまい、マジックはつい、ムラっときてしまったのだ。
「……ねえ、良かったらまた、会いませんか?」
そっと提案すると、スプリングはふえっと気の抜けた返事をする。あの時の事を思い出したのか、その頬はみるみるうちに染まっていった。
「デ、デモ、二人で、は」
「シェードも一緒はどうですか? それなら彼も怒らないでしょう?」
「ソレナラ……ウン、イイデース」
頷く彼の顔を見ながら、マジックは悟られないように妖しく微笑んだのだった。
終わり
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