敷き詰められた棘の平野、底すら拝めない落とし穴、それらを命からがら通り抜け、進路を妨害するロボットを撃ち砕く。動力炉の爆発による爆風を受けながら、ロックマンは小さく息を吐いた。
迷宮へと足を踏み入れて三時間が経っている。この抵抗の激しさを考えるに、最奥に、Dr.コサックが待ち構えている場所に近づいているはずだ。
「エネルギーも余裕があまりない……さっきの、二体で襲い掛かってきたヤツで大きいのは最後だといいんだけど」
細かい傷で毛羽立ったバスターを撫で擦り、通路の奥へ目を向ける。踏み出した一歩が重いのは、ここへ来る前から感じていた疑問のせいだった。
(Dr.コサックは……彼の作ったロボット達は、皆、悪人なんだろうか?)
Dr.コサックは世界征服を宣言し、彼の配下であるロボット達は世界各地の重要機関を占拠していた。その行動はこれまで自分が戦ってきたDWN、更に言えばワイリーの行動と同じであるが、彼等と違い、どうも覇気が感じられないのだ。
(何よりあのブライトマンの言葉……)
――お願い、ロックマン、助けて、カ……。
大型発電所を占拠していたブライトマンは、負けた時にそう言っていた。言葉だけを並べれば命乞いそのものだ。だが……ロックマンは感じ取っていた。彼の「助けて」が自身の安全を望んだものではない事を。自分ではない、誰かを助けてほしいと言っている事を。それは過去何度も、ロックマン自身が耳にしてきた懇願そのものだった。
残念ながらその願いを口にしてすぐ、ブライトマンは回収されてしまったのでその真意を尋ねる事は出来なかった。
(もし、もし僕が感じた事通りだったら……ブライトマン達は、Dr.コサックは……)
コアが細い糸できりきりと締め付けられるような気がした。思い返してみれば、Dr.コサックとその部下達の行動にはおかしな所がいくつかあった。施設を占拠してもそれ以上の破壊活動は行わず、とった人質もごくわずかだった。普通なら自分達の勢力範囲を広げようと行動するはずなのに、彼等はそれを行わなかったのだ。
「……でも、それでも……いや、だからこそ、Dr.コサックを止めなきゃいけないんだ」
大きく息を吐いて、通路の奥へと目を向ける。彼等が本当の望みがなんなのか、それを考えるのは今ではない。真実はDr.コサックの元へ行けば、彼を止めればきっとわかるはずなのだ。
戦いへの決意を固めるのは、もちろん悪い事ではない。しかしここは敵地である。隙だらけの背中を敵が見逃すはずもなく、飛んできたシールドアタッカーの体当たりをロックマンは喰らってしまった。
「くそ!!」
よろけたものの二、三歩強く踏み出すとすぐさまに振り向き、バスターを連射する。攻撃は移動の為に背を向けたシールドアタッカーのエンジン部分に見事命中し、破壊する事が出来た。
爆風と閃光が過ぎ去り、煙が薄くなる。周囲を確認する為に顔を上げたその瞬間、ロックマンの目に飛び込んできたのは壁に開いた大穴だった。
「これ、は……?」
先ほどの攻撃のうち一発が当たったのか、それともシールドアタッカーの爆発の影響だろうか。いくつもの原因を考えながら、ロックマンは大穴を恐る恐る覗き込む。薄暗いそこ場所の、詳しい様子はわからないが、通路があると言う事だけはわかった。
残骸を跨ぎ、大穴の向こうへ足を踏み入れる。落とし穴などが仕掛けられていないか、確認の為に足踏みを繰り返してみたが、特に変化はなかった。
警備ロボットや罠に警戒しながら、ロックマンは歩を進める。ここは今までいた場所と異なり、薄暗く狭かった。が、わざとその様にしたと言うものではなく、元々そうであったように感じられた。
「隠し通路って言うのかな……? もしかしたら、また何かあるかもしれない」
呟きながら武器チップの中にあるワイヤーやバルーンに目を向ける。この二つはライト博士が作ってくれた補助武器ではなく、ダイブマン、ファラオマンが占拠していた場所にあった物だった。
「もし同じような物があったら……」
この二つの道具もまた、ロックマンの疑問をさらに強くさせたものであった。緊急事態だったとはいえ、よその施設の物を無断で拝借してしまったと、彼等を倒してから、ロックマンは施設管理者に謝りに行ったのだ。しかし、全ての人がそんなものは知らないと、首を横に振ったのである。
(……この道具はダイブマンやファラオマン……いやDr.コサックが、あえて置いた物かもしれない。僕に何かを助けてもらう為に……)
人が聞いたら鼻で笑われてしまうような考えだと、自分でも思う。しかし、ブライトマンの姿とあの言葉から考えると、そうとしか言えないのだ。
きゅ、と軋んだような高い音が耳に入り意識を取り戻す。先ほどのようになったら大変だ、と首を振って辺りを窺ってみたが……どうもここにはそういった類のもの……いいや、動くものすらないようなのだ。
これはおかしいと首を傾げつつ、もう一度見回してみたが結果は先ほどと変わらなかった。こういった場合、何かしらの仕掛けがあったりするのだが、それすらもないようなのだ。
一体どういう事だ。ぞっとしながら壁に触れてみると、今までと全く作りが違っていた。
「あれ……?」
バスターを元のハンドパーツに戻し、今度は両手で触ってみた。これまでの人工物特有の冷たさはなく、暖かい、有機物の感触がそこにはある。
知らない触り心地ではない。そう、これは何度も、自分が普段暮らしている、ライト研究所の触り心地と……人が普通に暮らしている場所と同じなのだ。
「これは……」
壁を伝いながら横歩きで進んでいくと、また別の物に触れる。なんだろうと窺ってみると、それは家庭でよく見かけるような、普通のドアだった。
息を呑んで、ドアノブに手を掛ける。ぐるりと回すと……それは簡単に、何の抵抗もなく開いてしまった。警戒の為、ほんの少しの隙間から中を見ていたロックマンは、程なくして大きく目を見開いた。
「これ……って……」
驚きの言葉を口にしながら、今度は自分が通れるほどにドアを開けて中に入る。左側の壁を触るとすぐにスイッチらしきものを発見した。普通なら罠を疑うのだが、ロックマンは、ためらいもなくそれを押した。
僅かな音が零れて刹那、部屋の中がぱっと明るくなる。二、三の瞬きの後、室内の詳しい様子が飛び込んできた。
いくつかのコーヒーカップと皿などが水に浸かったままの流し、生ごみがほんの僅かに入った三角コーナー、ガス台の上にはカレーか、あるいはシチューの類がべったりとこびりついている鍋が放置されている。大きい冷蔵庫には古い日付のチラシが貼られ、その片隅には空のペットボトルや缶が横たわっていた。
最初こそ呆然としていたロックマンだったが……次第にその顔には笑みが広がり、ついには腹を抱えて笑い出した。緊張して辿り着いた部屋は、この戦いが始まる前に自分が良くいた場所……台所だったのだ。
「すまなかった、ロックマン……」
握手を求めて腕を伸ばしたコサックの手を取り、ロックマンはにっこりと笑う。先ほどまで戦っていた相手の、普通ならあり得ないだろう表情を見て、コサックは少しだけ目を逸らした。
やはりDr.コサックはロックマンが予感していた通り、悪人ではなかった。娘であるカリンカをワイリーに誘拐され、彼の言う事を聞かざるを得ない状態だったのだ。そのカリンカはブルースに助けられ、今はコサックの隣でニコニコと笑っている。
「ロックマン! ワイリーはSD地点にいる! 奴はもういくつも巨大ロボを製作している! 急がなければ更に厄介な事になるぞ!!」
ブルースの言葉に頷き、踵を返したロックマンは、しかし少し歩いてまたコサックの方へと振り返った。
「あの、コサック博士……」
「何か……?」
なにやら申し訳なさそうな表情を浮かべるロックマンを見つめながら、それはこちらがする顔だと、コサックは僅かに心を痛めた。
「実は、その……僕、ここに来る前に、うっかり台所に入っちゃったんです」
「……へ?」
届いた言葉に、今まで抱いていた感情がすっとんでしまう。そういえばある一瞬、ロックマンが探知できなくなってはいたと、些末な出来事としまい込んでいた物をコサックはようやく思い出した。
「それで流しが少し汚れていたんで、洗って掃除もちょっとやっておきました。どうしても気になってしまったもので……勝手に弄ってすみませんでした」
ぺこりとお辞儀をして、ロックマンはブルースの後を追いかけて行ってしまった。
……確かにこの城は、元々自宅兼研究所をワイリーの指示の下改築した物だ。できるだけ生活する場所に手を加えないようにしていたのだが、そういえば台所の部分だけは都合がつかず、近くに通路を作ってしまってはいたが……。
諸々を考えるコサックの袖を、カリンカは何度も引っ張った。
「パパそんなに汚くしてたの?! 確かダストとトードが一生懸命に綺麗にしてくれたじゃないの!」
「い、いやちょっと洗う暇がなくてな……こら、カリンカ、髭を引っ張るんじゃない!」
頬を少し膨らませるカリンカを止めながら、やはり家庭用のロボットなのだな、とコサックはしみじみ思ったのである。
それからしばらく後、ロックマンが綺麗にしたと言う台所や鍋を見たトードマンやダストマンは戦慄したと言う。戦闘用云々ではなく、さすが家庭用ロボット、という意味でだが。
終わり
コサック城って、あれ、コサック博士の自宅を改造させられたもんだと思っていましたが、実際はどうなんでしょう。うっかりしたらトイレやお風呂やらに繋がったりするんだろうか。
個人的に、ワイヤーとバルーンはコサック博士が置いておくように指示したんじゃないかなーと思っています。なんとなくね。
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