その救助は途中までうまくいっていた。救助者達は落ち着いて行動していたし、こちらの手際もよかった。だが、最後の最後で、事故をもたらした悪天候が、二度目の牙を向いた。救難ボートから救助艇への移動を開始した直後に、大波が襲ってきたのである。
波に飲まれた救助者達は暗い海に投げ出され、バラバラに散ってゆく。スプラッシュと、一緒にいたダイブマンは急いで海に入り、二度目の救助活動を開始した。幸い、全員がライフジャケットを着ていたために、すぐに船に乗せることができた。
落ちた救助者を船に押し上げ、確認のために人数を数えた瞬間、スプラッシュは顔を青くした。一人、足りないのだ。念のため、もう一度確認するがやはり一人いない。彼女はすぐさま海に引き返し、最後の一人を探した。日の光のない海の中をスプラッシュは懸命に泳ぐ。時々波の力で自分が壊されそうになるが、それでも彼女は挫けない。
(せっかく、生きて帰れると、喜べたのに。)
見つけた時の彼らの安堵の表情が目に浮かぶ。あの笑顔を、悲しみに沈めるわけにはいかないのだ。
歯を食いしばり、暴れる海の中をひたすら泳ぐ。
(見つけた!)
人影をようやく見つけたのは、潜ってから三分後経った時だった。彼は波に弄ばれていた。ライフジャケットまで脱がされたらしく、その体はどんどんと闇の中へと引きずり込まれていった。
(すぐに……。)
手を前に突き出し、救助者をつかもうとするが海に遊ばれて触れることすらできない。海に投げ出されてもう五分以上は経っている。このままでは、船に上げられたとしても、助かる確率は低くなる。
(このままじゃ……!”)
そう、口の中で叫んだ時だった。
濃い緑色のロボットが、救助者の体を抱きとめたのは。
スプラッシュは目を見開く。見知った緑の影は、だらりと腕を泳がせる人間を抱えて自分の方へと泳いでくる。あまりのことに動くことができなかった。だって、まさか、彼がここにいるなんて、思わなかったから。
『はい。』
緑のロボットは救助者をスプラッシュに渡す。無言でその人を受け取り、目の前の彼に礼を言おうとしたが。
『スプラッシュ、見つかったか?!』
ダイブからの通信が入り、それは中断となった。
『ええ、すぐに船に戻るわ。』
そう返して深緑のロボットがいた場所を見るが、人影はどこになくなっていた。
「この前は、ありがとう。」
それから数日後。いつもの場所でスプラッシュは隣に座る深緑色のロボット――バブルマンにお礼の言葉を口にしていた。
「なにが?」
バブルは知らないと言わんばかりにすっとぼけた表情で返す。スプラッシュはくす、っと笑って少し強い口調で言葉を放つ。
「この前の、救助活動の時。」
救助者を助けてくれたでしょう? と言うと、バブルはああ、と気の抜けたような返事をした。
「貴方のおかげで、あの人、助かったの。本当に、貴方がいてくれたから。」
「別にどうということじゃないよ。君が見えて、その先に人がいただけだから。ただ、君の真似事をしてみたくなっただけだよ。」
きっと照れくさいのだろう。バブルは海の方を見つめていた。
「でも、できることじゃないわ。」
手を重ねて、顔を近づけて言う。彼は更に横を向いた。水中眼鏡とマスクに隠れて見えないが、きっと赤くなっているに違いない。
「ねえ、お礼をしたいんだけれど、なにかできることはない?」
「お礼……。」
バブルは少し口を閉ざした後、ゆっくり声を出した。
「じゃあ、ちょっと目を瞑っていて。」
言われたとおりにスプラッシュは目を閉じる。かすかな音がして、それから……唇に柔らかいものが触れた。
「!!!!」
驚いて目を開くと、彼の顔がすぐ近くにある。視線を下に移そうとした瞬間、バブルは名残惜しそうに離れていった。
「これでいいや。」
マスクを直して、何事もなかったかのように、彼は平然と振舞う。そんなバブルを見て、スプラッシュは何か言いたかったが、早くなる動力炉を抑えるのに必死で、顔を赤くしたまま、どうすることもできなかったのだった。
おわり
おまけ
「お礼って、そんな、こういうこと……。」
「だめだった?」
「だめ、じゃないけど、でも、心の準備が。」
「キスしたい、って言えばよかったかな?」
「……まあ、そんな感じで。」
「じゃあ、もう一回キスしたいんだけど、いい?」
「!!!! 」
「だめ? 」
「……いいにきまってるじゃないの、バカ。」
マスクをずらして、スプラッシュに近づくバブル。
二回目はさっきよりずっと長く、深くだった。
終わり
ちゅーさせたかっただけなんです。すいません。
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