「ワタシは、アナタを追いかけてここに辿り着いたんです」
あの男はたまにそんな事を呟く。意思を持つ生物がいる星はたくさんあるけれど、ここに辿り着いたのはウェーブ、アナタがいたからだ、とネプチューンはあの顔でふざけた事を言って来るのだ。
オレはここ以外に生物のいる星、と言う物を知らないから、それに対する反論は、いつだって、アホな事を言うな、それだけだった。
アナタを追いかけて。数多の偶然による結末を、どうしてそう結論付けられるのか、オレには理解に苦しむところだ。そりゃあ、あの男が相当な美形で、それを告げる対象が頭の沸いた女であったならば、あっという間に口説き落されるか何かしているだろう。しかし、残念ながらネプチューンの顔の造形は、多分二枚目からは外れていて、告白の対象は戦闘用として生まれたオレなのだ。外側から眺めたならば、相当滑稽な物に見えているに違いなかろう。
この男は、顔と生まれに似合わず、詩人の才能でもあるらしく、たまにそんな歯が浮くような、むず痒くなるようなセリフを吐く事がある。耳に届くたびに、罵倒か無視かのどちらかで返しているのだが、彼奴は懲りる事なく、そんな言葉を口にしているのだ。
ただ、どんな言葉であっても、それに拒否の行動をとっても、耳に入る限り積もって感化されてゆくらしい。……ふとした時に、あの男が口にするような言葉を思い浮かべている自分に気づき、恥ずかしさに顔から火が出そうな程だった。
あの男は、これを狙って言葉を繰り返してきたのだろうか。同じ色に染める為にまさか、と思うが、なんとなく天然で告白している気がしないでも……いや、この考えがすでに贔屓なのかもしれない。奴は自分と同じ、戦闘用ロボットなのだ。狡猾に罠を張り巡らせていたって、おかしい事じゃない。
でも。考えこむ自分に、別の自分が反論してくるのだが、それに耳を傾けるたびに愕然としていた。ああ、自分はもう、そんなもう一人を生んでしまうほど、ネプチューンに心酔しているのか、と。己の変容に恐怖を覚えたが、その底なし沼から逃れる術を、オレは知らなかった。
一つの床の中で、オレは奴に背を向ける。ネプチューンが夜にここを訪れると、何かするか、何もしないかの二択になるのだが、今日は前者の方だった。さんざ啼かされ、甘やかされ、体は痺れと疲労ですっかり動けなくなっている。だが、それ以上に危険なのは、心の方だ。
ネプチューンが、俺に腕を廻してくる。海の匂いのするものに挟まれ、動きのとれない中で、唇が頬を啄んでゆく。そのこそばゆい感覚は、愛されて緩くなった心の警戒を、解いてしまうのに十分な物なのだ。
「ああ、逃げないで下さいよ、アナタ」
無意識に動いた体を、奴は強く引き戻してくる。開いた五指は、俺の背中にピッタリ吸い付いて、離れるそぶりすら見せなかった。
「何も怖い事なんてしませんよ。だから安心してください」
笑いかける奴の顔が、妙に愛おしく見える。変に恰好よい感じがするのは、きっと頭が欲ボケしているからだろう。
眼力に惑わされたのだろう、腕はするすると奴を捕らえて離さない。試しにその肩に頭を預けたら、ネプチューンは嬉しそうに笑みを浮かべて撫でてきたのである、
「……可愛いなぁ。貴方に出会えて、私は幸せです。本当に、この星に来ることができて良かったです」
微睡んだ声で奴は囁いてくる。いつもだったら、この独り言には無言で返すのだけど、心は甘さを吸ってしまっていて、すっかりおしゃべりになっていた。
「……そうか?」
言葉が返ってきたことに驚いたか、奴は目を丸くしてこちらを覗く。普段は視線を逸らしているのだけど、今は向き合う事が苦痛ではなかった。
「オレ、そんなに幸せにできるような事なんてしていないよ」
「あら、でも今、こうして甘えて下さっていますし、こうして一緒にいる事を赦して下さっているじゃないですか」
ネプチューンは笑う。頭を撫でて、それからキスをしてくれた。
「人嫌いなアナタが、傍にいる事を赦してくれる、それだけで、十分すぎるほど私を幸せにしてくれています。それ以上を望んだら罰が当たるってもんです」
言葉が終わるのを待って、腕に力を入れた。恥ずかしいから、と言うのもあったけれど、それ以上に、胸が一杯になっていたからだった。
「……ネプチューン」
「なんでしょうか?」
顔を上げて、奴の目をもう一度覗き込む。緋色の瞳に映ったオレの顔は、泣き出しそうな表情をしていた。
「……大好き」
それ以上を伝えたかったけれど、これが精一杯だった。気恥しさに心を乗っ取られて、奴の肩に顔を押し付けた。
(……いつか、今度は、言うんだ)
お前がオレを追いかけたんじゃなくて、オレの方が、お前を追いかけてきたんじゃないか、と。オレの方がお前の後を追っているんじゃないか、と。
決心を考える頭に、熱ぼったい掌が下りてくる。優しく撫でられながら、強い幸福をただひたすらに噛み締めていた。
終わり
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