機会が少ないとは言え、スプラッシュも料理を作る。元々がそのような事と関わりのない仕事に就いていた為に、その腕前は人に胸を張れるようなものではないが、口が肥えているからだろうか、味付けはなかなかのものであった。
「はい、クッキーを作ったのよ」
穏やかな海の縁にある、少し人目につかない磯の岩に腰掛け、スプラッシュは持っていたタッパーを開けた。無機質のプラスチック容器の中は、可愛らしい形のクッキーがたっぷり詰まっているのだ。
マスクをずらしながら、バブルは摘んだ一枚をまじまじと見つめていた。型抜きクッキーと言うのだろうか、丸い形をしているそれからは、アーモンドとバターの甘い香りがなんとも食欲をそそる一品なのだが、気になる事が一つだけあった。
「……ココアでも、入れたのかい?」
そのクッキー、いや、タッパーの中にある物全て、色が濃いのだ。普通、クッキーと言う奴は、何かしない限り、きつね色、と言う物をしているはずである。少なくとも、バブルが記憶しているクッキーと言う物は、大抵がこんがりとおいしそうな薄い茶をしているのだ。
しかし、今目の前にあるクッキーの色はただの茶を通り越している。まだ黒にまで行っていないのが幸いだが、なぜこんな色なのかが不思議なのだ。
「いいえ、入れてないわよ。どうしたの?」
首を捻るバブルに、スプラッシュはあっけらかんと答えた。あまりに底のない言い方に呆気を取られている彼に対して、今度は人魚が首を傾げた。
「どうしてそんな事を?」
「いやね、ちょっと、色が濃いもんだから。ココアでも入れたのかと……」
言葉を濁すと同時に、バブルは無邪気な目をするスプラッシュから視線を逸らした。あまり言い過ぎると失礼に値するような気がして、そこから先を口にする勇気がなかったのだ。
「うん、ココアは入れてないわ。バターとお砂糖とアーモンドパウダーを入れただけで、普通のクッキーよ。あ、でも……」
「でも?」
艶やかな唇に指の腹を当て、彼女は瞳を無邪気に光らせる。
「少し、長めに焼いたわ。指定の時間より、四、五分は長くしたかしら」
「四、五分長めに……ってどうして?」
「あら、だって、うっかり中が焼けていなかったら、イヤじゃない。生焼けのクッキーを、貴方に食べさせたくないもの」
それが当たり前だ、と言わんばかりの口調で、スプラッシュはすとんと言葉を落とす。それを拾いながら、バブルは小さく、口の中で笑った。
(そういえば、トンカツの時もそう言ってきつね色通り越したのを持ってきてくれたな)
そういえば、あのカツの衣も、これと同じ色をしていたな、と、以前差し出された物を思い出しながら、バブルは顔の横で手を振った。
「気持ちはすっごく嬉しいけれど、お菓子はきっちり時間を守った方が失敗しないし、クッキーはちょっと生焼けでも大丈夫だからね、今度は時間を守ろっか」
「うん、今度はそうするわね」
素直な彼女は、怒ったりせず笑って頷いてくれた。様子に安堵したバブルは、手に持っていたクッキーにカプリと噛り付く。
(まあ、思ってこうしてくれた、ってのは、嬉しいけれどね)
思ってくれた行動の果てがこれであっても、バブルには、例え惚れた欲目と言われようとも嬉しかったのだ。
潮の香に甘い物が混ざり、空気を柔らかく溶かしてゆく。口の中に収まったクッキーは、ほんの少し苦かったが、それ以上に甘かったのである。
終わり
スプさんは味はいいけれど、火加減で失敗しそうな感じがある。
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