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2周年記念リクエスト企画
るーしゅ様リクエスト 「ロボット新法で人間に絶望してロボットエンザの開発を始めたワイリーが2ボス達を死なせまいと案じる」小説 捏造設定、オリジナルキャラクター、ロボグロ描写があります 前編はこちら メンテナンス機器と向き合い、一時間は経っただろうか。いささかの疲労を覚えたバブルは、小さく息を吐いて肩をもぞもぞと動かした。 ワイリーの指示に従い、メンテナンス機材のプログラムを覗くと、そこはクラッシュのCPUと同様にウィルスに犯されていた。すぐに解析と駆除を開始した が、ウィルスを一つ潰すと、その分を埋めるかのように別のウィルスが増殖する、と言うイタチゴッコがもうずっと繰り広げられていたのだ。 増殖源となっている物を見つけ出し、それを除去すれば良いのだが、溢れ出るウィルスの波に飲まれ、なかなかそれを見つける事が出来ないのである。 (人間の話に、塩を噴く臼ってのがあるけれど、あれが海に落ちなかったらこんな感じだったのかねぇ) 疲労からだろうか、そんなおかしな事が頭に浮かぶ。 (……つまらない事考えている場合じゃないな) 視線だけを少し離れた場所に座るワイリーに向ける。彼はここに来てからずっと、一心不乱に解析を行っていた。その必死な行動は、メタルマン達が倒れたから、と言う理由だけではなさそうに見える。 ――わしのせいだ やはりここに来る前に呟いた、彼の一言がやはり気にかかる。メンテナンス機器が感染しているのに気づかなかった、その事を指しているならばまだ良い方だが……。 (まさか、ね……) 『バブルマン、バブルマン応答して下さい!』 飛び込んできたのはクリスタルの通信だった。その声はひどく狼狽しており、ただ事ではない何かが起きたのは明白だった。 『どうしたの、クリスタル』 『メ、メタルマンが、メタルマンとエアーマンが、拘束を無理矢理外してっ』 「なんだって?!」 思わず出た叫びに、ワイリーが顔を上げた。バブルは彼に頭を下げ、クリスタルの方へ意識を向ける。 『クリスタル、詳細を』 『は い、セカンドの修復中に、メタルマンとエアーマンが意識を取り戻しまして、途端に拘束具を壊したのです。気づいたストーンやジャンクマン、応援に駆けつけ たバーストマン達がすぐに二人を羽交い絞めにしたのですが、反撃に遭い、ジャンクマンとバーストマン、及びシェードマンとフリーズマンが負傷、修復作業を 行っていたピエロボット数体が破壊されました。二人はそのまま逃走し、足止めに防火用のシャッターを下ろし、現在ターボマンとチャージマン、サードナン バーズがその足取りを追っています』 まずいな、と誰にも知られないようにバブルは舌を打った。クイックほどではないが、メタルの機動力はナン バーズでも指折りであり、エアーも機体からは考えられないがなかなか身軽である。どちらか片方だけなら対策もできただろうが、二人相手、しかも狭い建物の 中では少々難しくなるのだ。 『それから……メタルマンの発言から博士に危害を加える可能性がありますのでセブンス、エイスで動ける者をセカンドナンバーズメンテナンスルームに向かわせています。早くて、あと三分で到着するはずです』 『わかった。それから……』 指示を伝える最中、部屋の外から悲鳴と物の壊れる音が微かに聞こえた。それはワイリーにも届いたのだろう、彼は面を上げ、少しだけ腰を上げた。 「博士、隠れて下さい」 声をかけても、ワイリーは動かない。その表情から、腰が抜けたと言う間抜けな理由で、と言うわけではないようだ。 「博士早く! はか……!!」 叫びにも似た呼びかけをした瞬間、扉が切り刻まれ、強風が細かくなった鉄板を吹き飛ばした。咄嗟に主の前に出て彼を守ったが、いくつかの破片が生身の体に当たったか、赤い物が飛沫となって床に散った。 「博士っ……!!」 出血を抑えようと手を伸ばす最中、聞き覚えのある足音が後ろで響く。冷たい物が体の中を流れるのを感じながらわずかに後ろを向けば、修復が途中のままの、痛々しい姿に尋常ならざる瞳を宿した二人が見えた。 赤と青の幽鬼は何も言わず、にじり寄りながら部屋に入ってくる。バブルは頭を下げ、無言のままにワイリーの前に立ち、バスターのロックを外した。 (エアーシューターならともかく、メタルブレードが相手じゃあ、防ぐどころかこっちがやられる。だからと言って水中用の僕が、陸での機動力で二人に勝てるわけがない……) 条件は明らかにこちらに不利である。救援がくればなんとでもなるだろうが、彼らがすぐに来る事ができるかは、ちらりと見える外の状態から考えて困難そうである。となれば……現状、ワイリーを守れるのはバブルただ一人だけなのだ。 瓦 礫と化した部屋の中、バブルが覚悟を決め右腕を前に突き出すと、メタルがブレードを携えて身構えた。一瞬の沈黙の中、最初に動いたのはバブルだった。捲れ 上がったリノリウムの床を蹴り、姿勢を低くしてまずメタルを狙う。先に機動力高い長兄の足を削ぎ、それからエアーを止める、そうすればなんとか一対一に持 ち込めると、そう睨んだのだ。 バブルの攻撃は、見事にメタルの両足を砕いた。赤い影が崩れ落ちるのを横目に見ながら、エアーの方を向いた刹那、銀の刃がバブルの右腕を切り落とした。 「!!!!」 攻撃の手段を一つ失い、一瞬気が動転したがすぐに持ち直し、今度はバブルリードを放つ。不気味な色のシャボンはメタル達の方へと這う様に向かってゆくが、一陣の風がそれらを根こそぎ刈り取って行った。 「くっ……」 時間差で生まれた痛覚を遮断し、バブルはなおも諦めずに攻撃を加えるが、風はこちら側へと吹きつけ、運ばれた泡が自身の肌に牙を剥く。剥き出しとなった切断面から嫌な音がしたが、それを気にかける暇はない。 (後少し、もう少しでっっ!!) 空気を切る音が聞こえた、と思った途端、腹部に鋭い痛みが走った。バブルリードの泡とエアーシューターに紛れ、メタルブレードが飛んできた、とそれを把握できたのは、左足と頭部、胸部に攻撃を受けた後だった。 地に伏せる合間、バブルはメタルを見た。両足を失い、上体だけを起こした彼は、今にも取れそうな腕で自身の武器を投げてきていたのだ。 ――人間は、身体の危機に陥りながらも平然と活動するものに恐怖を覚えると言う。ならば、自身の肌の粟立ちもそれが原因なのだろうか? 言いようのない物に襲われつつも、それでもバブルは主の下へと這い寄り、覆いかぶさろうと必死だった。 「バブル、もう良い」 もがくバブルの頭に、暖かい物が触れる。その感触は何度となく味わった物故に、正体はすぐにわかった。 「は、かせ……?」 頭を上げると、ワイリーの笑う顔が見える。バブルは目を大きく見開き、博士、と声をかけた。優しい表情の奥に悲壮な物が見えたからだ。 縋るような声を振り払うように顔を振り、ワイリーはゆっくりと体を起き上がらせ、倒れた子供の前に立ったのだ。 「メタル、エアー」 「ハカセ……」 自身の危険が前に迫っていると言うのに、ワイリーの面差しはどこまでも優しい。老人はゆっくりと口を開き、声を出そうとしたが。 「ハカセ、お願イです」 先に口火を開いたのはエアーの方だった。音声はどこかおかしいが、口振りはウィルスに侵された者とは思えぬほどしっかりとしている。 「はかセ、我々ヲ、どうカ壊シて下さイ」 「なっ……!」 音を立てて空気が凍りつく。バブルもエアーの言葉に驚いていたが、それ以上にワイリーの衝撃は凄まじいものだった。目を見開いたまま微動だにしない父を前に、メタルが続く。 「このマま、ウぃるスに操らレ、博士ヲ殺しテしまウならバ」 先ほどまで亡霊のようだった二人の表情がどうだろう、庇護を求める幼子のような、泣き出しそうな物へと変わっている。 「理性があルうちニ、DWNトしテ、自覚ガアるウちに、博士ニ、壊しテ、もラいタイのでス」 メタルの目から、ぽとん、と冷却水が零れる。僅かに見える湯気から、過熱を抑える為だ、とすぐにわかったが、それでも別の理由が頭に浮かんでならなかった。 父の手が一際震え、彼らへと伸びかけた瞬間だった。赤と青の影の背後から空を切る音が聞こえた刹那、二人は無言のまま前へと倒れた。 「メタル、エアー!!」 「……間に合った、か?」 崩れたドアの方角に立つのはもう一つの赤――クイックと、金色の小さな影――ヒートだった。 残った片腕を使って、バブルは倒れた二人の方へと這い寄って行く。眺める上二人の背中には、クイックブーメランが刺さっていた。 「クイック!」 「致命傷にはしていない。気絶させただけだ、多分」 告げられ、改めて二人に視線を落とすと、確かにブーメランは浅く刺さっている。安堵の息を吐いた瞬間、油断で痛覚の遮断が解除されたか、腕の切断面がじんわりと痛んだ。 「博士っ、博士っ!!」 呆然と立ち尽くすワイリーに、ヒートが小さい足音を立てて駆け寄り、細い体を強く揺さぶる。老人は無言のままその刺激を受け入れていたが、ようやっと意識を取り戻したのか、低い位置にある頭に掌を置いた。 「……?! ヒート、お前とクイックマンは休憩室で待機していろと……」 「博士、思い出したの! 僕、フラッシュに頼まれていたの! もしフラッシュが倒れたら、博士に渡せって!」 それはヒートが見た討論番組が初めて放映された日、まだフラッシュが元気だった頃の事。兄機に連れられ、彼の部屋に入ったヒートは、到着早々にパソコンから伸びるコードに繋がれたのだ。 「……ダウンロード完了、よし、もう動いていいぞ、ヒート」 動くな、と言われて十分はしただろうか。フラッシュはそう言うと、ヒートに繋いでいたコードを優しく引き抜いた。 「うう、何したのよ、フラッシュ。……頭、ちょっと重い……」 CPUとヘルメットの間に薄い膜が張ったような、僅かな不快感にヒートは唇を尖らせる。そんな彼の頬を撫でながら、フラッシュは何度も謝罪を口にした。 「アトミックファイヤーの制御プログラムとかで、容量一杯一杯な所に無理矢理つっこんだからな……辛い所悪いけれど、ちょっと我慢してくれ」 「うむぅ……んで、何を入れたの? エッチなデータ? それともみんなの間抜けな寝顔を写したの?」 そんな訳あるか、と笑うフラッシュは、にわかに表情を引き締めた。滲み出る空気を察し、ヒートもまた背を正す。 「起こらない方がいいが……ヒート、もしも、だ。もしもオレや、その他……セカンドでもサードでも、とにかくDWNの誰かが倒れた、とかなったらな、今ダウンロードしたヤツを博士に渡してくれ」 青い影は赤い小さな手を握り締めてくる。その強さに押され、ヒートは思わず頷きそうになったが、寸前で堪えた。気になる言葉がいくつかあったからだ。 「倒れたら、ってどういう事?」 尋ねると、フラッシュは僅かに苦笑を浮かべた。 「まあ、倒れたら、と言うだけじゃないか、……まあ、とにかく異常事態が起きたら、だ。……オレもどうなるか、今手元にある情報だけじゃあ、はっきりした事は言えない」 「なんだよぉ、……わかんないのを押し付けられても、僕もわかんないよ」 いぼったような声を出し、わざとソッポを向く。その様子を見ながら、フラッシュは乾いた笑い声を立てた。 「……ちょっと前に、博士がロボット新法の時に拾ってきたヤツが、運び込まれただろう」 「う、ん……」 言われて思い出すのは、五体が傷ついた、稚拙な作りをしたロボット。新法廃止の後、持ち主の所に帰った彼は、ここに来る以前よりもひどい傷を負ってここに戻ってきて、ワイリーの手当てのかいもなく、二つの瞳を奇妙に点滅させて死んでいったのだ。 ヒートの沈んだ目を見つつ、フラッシュは息を吐いて更に言葉を続けた。 「博士は、さ、悪い人だけど、良い人だ。それで、自分で思っているよりもずっと、俺達ロボットに入れ込んでいる」 パソコンの前に座ったフラッシュの脇から、明るい液晶の画面を見るが、ヒートにはわからない文字が羅列している。まあ、ヒート自身も、それを理解する気など、さらさらなかったが。 「博士がヤワな人だ、とは思っていない。でも、さ、あの人は長く生きてきて、多分、イヤな物をたくさん見てきてる。その上で、今回の事は、博士が心身打ち込んできた事をぶち壊しにするようなもんだった。ロボット新法の事も含めて、さ」 小さな頭が覗いているのに気づいたのか、フラッシュは机の上に置いていたグミをヒートの掌に載せた。 「自覚はしてないけれど、博士の精神に相当キたと思うんだよ。じゃなきゃ、……あんな顔はしねぇよ」 溜息ついでに、注いでいたコーヒー味のエネルギーに口をつける。人工とはいえ、香ばしい匂いに釣られたか、金色の影はもらったグミを食べながら、クンクンと鼻を鳴らした。 「今の博士は、自分で自分の手綱が取れない状態だ。一応、気づける範囲で防護策は取っているけれど……あの人は技能があるから、オレの手じゃあ追いつけない場合もある」 だから、と足元のヒートの頭を撫で、フラッシュはにぃっと笑った。 「お前にこのデータを預けるわけだ。お前は能力が能力だから、CPUのプロテクトもかなりかけられている。オレ達全員が倒れたとしても、お前だけは残っている可能性が高い、ってわけだ」 「ふうん……」 適当な相槌を打った頃には、頭の不快感も大分取れており、ヒートは一応、この件を承諾したのだった。 つっかえつっかえのヒートの話を、ワイリーは無言のまま聞いていた。話の区切りに達する頃、一回り以上も小さい子供の声はすっかり掠れており、どうかすると何かでしゃくり上げる程だった。 「……そうか、ありがとうな、ヒート。よく、フラッシュのデータを持っていてくれた」 ワイリーは頭を撫で、静かな声を落としてゆく。ヒートは頬を真っ赤にして、顔をクシャクシャにしながら、何度も頷いた。 「うわ、なんだこれ!」 「ナント……コレハ酷イデスネェ」 「は、博士! 遅れて申し訳ございません! お怪我は……」 ようやく到着したセブンス、エイスの面々が声を上げながら部屋の中へと入ってくる。ひとしきりヒートの頭を撫でた後、ワイリーはゆっくりと立ち上がった。 「よく来てくれた、皆で手分けして、バブル達を運んでくれ。クイック、クリスタルマンに、こちらが到着次第、すぐにコンピューターに繋げられる様準備しておくよう、連絡してくれ」 明朗な声が部屋の中で明るく響く。指示を下す主の表情からは、先ほどまであった翳りが今やすっかり消え去っていた。 事態は、ヒートの中に記録されていたウィルスの増殖源を特定、削除するソフトによって気抜けするほどあっさりと収束した。セカンドナンバーズの修復、調整も完了し、部屋の修復も数日で終わりそうである。 「やっと頭がすっきりしたよ、もう」 休憩室のソファーに座り、ヒートはニコニコと笑った。その両隣にはフラッシュとウッドが座り、クイックとクラッシュがその後ろに立ち、入り口の近くでは、メタルとエアー、バブルがシェードとその他数名を交えて何かを話していた。 「本当、上手くいってよかったよ。……ありがとうなヒート」 小さい頭を撫でながらフラッシュが言うと、掌の下にいるヒートは更に顔を綻ばせた。……その手が、自分の持っているお菓子の袋にまで落ちてくるとさすがに引っ叩いたが。 「でも、フラッシュ、知っているならもっと事前に対策取れたんじゃないか? そうすりゃ……」 クラッシュの言葉を、フラッシュは手を振って否定した。 「いやあ、ちょっと難しいな。オレが見た時は完成までに大分掛かりそうだったんだ。それが……」 自動ドアの開く静かな音が聞こえ、後方の会話が途絶えた事に気づいたフラッシュはそこで会話を遮る。何事か、とヒートとウッドが彼に目を送ると、フラッ シュだけではなく、クイックやクラッシュも後ろを向いている事に気づいた。二人も彼らに倣って後方に振り返ると、自動扉の前に立つ、いささか憔悴したよう なワイリーの姿が見える。 「博士」 先に行動を起こしたのはメタルである。いつものように声をかけた途端、ワイリーは深々と頭を下げたのだ。 「……すまなかった」 飛び出た予想外の台詞に、部屋にいた者達は息を呑んで互いの顔を見せ合った。何故、博士が謝らなければならないのか? 頭に浮かんだ疑問を、しかし口にする事は憚られた。 奇妙な緊張が漂う中、皆はただひたすらにワイリーの次の言葉を待った。沈黙が湿気を吸い、いよいよ重くなった、その時である。 「その謝罪の理由は、今回の騒動の原因である、あのウィルスを作ったのが自分だから、ですか、博士」 フラッシュはワイリーに背を向け、淡々と言い放った。彼の言葉を耳にした一同は戸惑い、飲み下すのにいくらか時間が掛かった。 「フラッシュお前、何を無礼なっ」 「待て、メタル」 ようやく理解したメタルがフラッシュの方へと足を向けるのを、主は弱々しい声調で静止する。 「博士、しかし」 「フラッシュの言ったとおりだ。お前達を狂わせたウィルス、……いや、あのプログラムを作ったのはわしじゃ」 僅かなざわめきの中、シェードとバブルは視線を合わせ、微かに頷く。 「アップデートの最中に思いついた物だった……。一応形として出来上がった物はディスクの方に移して削除していたんだが、製作最中にメンテナンス機器を操作するコンピューターにも感染していたようだ。……わしのチェックミスだ」 「製作の途中で、って……一体なんのプログラムなんです? そんな感染力の強い物を……」 詰め寄るかのような強い口調で尋ねるエアーを、フラッシュは手で止めた。 「まあ、落ち着けってエアー、そんなんじゃあ、博士もおっかながって話せないぜ」 「しかし……」 軽く腕を押さえられ、エアーは何か言いたげに呻いたが、しかしすぐに口を噤む。二人の様子を目にしつつ、ワイリーはまたすまない、と呟いた。 「博士、結局、今回作ったプログラムってどんなのなの?」 ソファーの向こうから、ひょっこりと頭を出し、ヒートはのんびりとした調子で聞く。 「博士の事だから、本当はロボットにはいい物なんでしょ? 僕、博士はロボットに悪い物は作らないって、信じているもの」 彼の言葉に、クラッシュとウッドも大きく頷く。その様が胸に痛んだのか、ワイリーはその問いにすぐ答える事が出来なかった。 「そうだなぁ、博士は悪いけど、良い人だもんなぁ。……今回作ったのだって、本当は良い目的の為に拵えて、でも調整がうまく行かなくってウィルスみたいになっちまって、こんな事になったんだよな」 代わり、とばかりにフラッシュがなかなかの笑顔を浮かべて答えた。彼の言葉に相槌を打ち、ヒート達は笑って顔を見合わせる。 「じゃあもう一回作り直せば、ちゃんと機能するのかな? 僕達もお手伝いすればいいのかな?」 「ん、まあ、多分な」 「それじゃあフラッシュ、お前博士と一緒に作り直してきてくれよ。俺はこう言うの出来ないけれど、お茶くらいなら入れるしさ」 わやわやと後押しされたフラッシュは立ち上がり、博士の隣にまで近づき、皺だらけの手を取った。 「よし、じゃあ博士、今すぐこのプログラムを作り直しましょうや」 「おい、フラッシュ……?!」 ワイリーは身動ぎをするが、振りほどくのが難しいほどの力で腕を取られている為に、ただ息子に引き摺られるだけだった。メタルがフラッシュの行動を制止しようと声をかけるが、それもまたバブルとシェードに止められ、結局二人は部屋の外へと出てしまった。 「フラッシュー頑張ってねー」 「後でなんかもって来るからなー」 ヒート達の声援に笑顔で答え、フラッシュは扉を閉める。騒がしかった音量が小さくなる中、ワイリーは皺が生まれた袖を直した。 「……一体なんのマネだ、フラッシュ」 尋ねられ、主の方を向いた彼の顔からは先ほどの残り香はなく、作戦を立てる時の真剣な面差しが宿っている。ワイリーは自身を嗤うかのように鼻を鳴らした。 「なんのマネ、って……さっき部屋で言ったとおりですよ。博士の作ったプログラムをもう一度調整するんです」 「……何を馬鹿な事をっ」 激しく首を振り、廊下を数回、強い調子で踏み鳴らす。微かな痛みが足の裏から這い上がるが、不快ではなかった。 「あのプログラムは、お前達を苦しめたのだぞっ。それを……」 「悪いアイディアじゃあ、ないと思ったからですよ。喜怒哀楽のうち、制限がかけられている怒りを解放して、ロボット自身が怒る事が出来るようにする、ってのが」 ワイリーの手にあったディスクケースを摘み、フラッシュは、今度はにんやりと笑う。息子の表情を目にし、父は視線を僅かにずらした。 「以前聞いた事があるんですよ、怒りって感情はロボット三原則に抵触する可能性があるから、いくらか制御が掛かっているって」 コツリ、コツリ、と硬質な足音が廊下に響く。空気は心地よいほどひんやりとしていた。 「……前の作戦で使ったDRNみたいに、こっちからつついてやらなきゃ怒る事もできない。怒りのような物を感じても、上品に意見するレベルにまでろ過される。怒っても良い事柄、みたいに決められている……」 呟きつつ、横目で見た老博士はどこか済まなそうな表情を浮かべている。フラッシュはそれに柔らかく笑い、彼の寂しい肩にそっと手を置いた。 「ま あ、そこは仕方ないかなーって気もするんですよ。人間だって怒気については持て余し気味で、そいつが原因の事件を幾つも起こしているんだから……。工業用 とか、力の強い奴がそんな理由で事件を起こして、それの為にロボット全体に規制が及んだらえらい事ですし。……これで俺達が守られている、ってなら構わな いんですよ。でも……そうじゃないなら話は別だ」 呟いた刹那、フラッシュの顔はにわかに厳しくなる。 「あのロボットや、ロボット新法で犠牲になった連中のように、自身の扱いに憤りを感じたり、それを変えようとする力すら奪ってしまう、と言うならば。それに胡坐を掻いて、人間がロボットを好き放題しようとするならば……」 ケースから微かに軋んだ音が聞こえた。それはフラッシュにも届いただろう、彼は少し情けない顔をして、ケースを再びワイリーの手に戻した。 「……人間は不正に怒り、その憤慨を力にして不当を正し、今日の社会を作った。あのロボットやロボット新法で連れられてゆく者の姿を見て、その力が必要だと、そう思ったのだ。それに、……ロボット自身が怒らなければ、人間は阿呆だからわからんと……」 手元のケースを眺め、数歩を歩くと老人は天井を仰いで目を細める。暗い無機質の世界にいささか息が詰まった。 「だが……結局、これはお前達を苦しませるだけだった。倒れさせただけでなく、メタルやエアーにあんなセリフを吐かせ、バブル達まで……」 「……人間だって苦しんだりするじゃあないですか。俺達とは、ちょっと違う感じだけれど」 皺だらけの手を包み、フラッシュは優しく笑う。それは自身を許すと言っているように思えた。 「苦しみを抱えても……俺達は怒りを得なきゃいけないんです。そうでなけりゃあ、あのロボットの最後の願いが叶えられない」 「あのロボットの……?」 その言葉に思い浮かぶ者は、ただ一人しかいない。しかし彼は最後、声帯機能も奪われ、呻く事も出来なかったのだ。 「しかし彼は……」 「博士、あいつ、死ぬ時に、変な位目を点滅させていたでしょう?」 思い出すのすら辛い、その時を脳裏に浮かべる。そう、フラッシュの言うとおり、確かに彼は奇妙な間隔を置いて目を光らせていた。 「なんか引っかかったんです。不思議とリズムがあるようで……考えてようやくわかったんです。あれはモールス信号だって」 「モールス……?!」 思わぬ単語に、ワイリーは驚愕に目を見開く。ただの断末魔と思っていた、あの明滅に意味があったとは……。 「何かメッセージがあるか解読してみようと思って、何度か再生しましたよ。それで、なんとかわかったんです」 フラッシュは老人を向き合い、ゆっくりと口を開いた。 「博士、ありがとうございます。自分の結末に後悔はしません。でも、他のロボットに、こんな最後はどうか、させないで」 言葉はそこで切れた。こんな不自然な途切れ方なのは、その部分で力尽きたからだろう。言葉を反芻しながら、ワイリーはただひたすらに息を呑む。フラッシュの声に、あのロボットの音が、重なったような気がしたのだ。 ドアの開く音が聞こえ、それに続いて足音が幾つも、こちらへと向かってくる。恐々と顔を上げると、メタル達が立っていた。 「博士」 バツの悪そうな目を宿したワイリーに、メタルは歩み寄る。その面差しに、自身を責める色は欠片も見られない。 「バブルとシェードから大体の事情は聞きました。博士、そのような志の下に作った物ならば、やはり最後まで作り上げるべきではないかと思います。……フラッシュのデータがあるならば、ここまでひどい事態にはならないでしょうし、対抗ソフトを用意する事が出来ます」 口の中で言葉を作るが、それを吐き出す前にシェードが一歩前に出る。 「僭越ながら、私も一言」 彼は深々と頭を下げた後、いささか芝居がかった手振りで口を開いた。 「今 使う、使わないはともかく、これを完成させるべきです。ロボット新法からわかるように、人間側の接し方と我々の機能……心の部分は現在、乖離を始めようと しています。いずれ、今よりもずっとひどい事態が起きるかもしれません。……そうなったら今回と違い、為すすべなくロボットは死に追いやられるでしょう。 その時にこのデータは、突破口となりえるかもしれません」 「……今は無用の長物でも、しかし先を考えれば必要なプログラムです。我々も手伝います。どうか、プログラムを完成させ、いいえ、させましょう」 メタルは言葉の後、深々と頭を下げた。それを追うかのように、他の者達も次々に懇願を始める。 (突破口、か……) 言葉の波の中、プログラムの詰まったケースをもう一度握り締める。無機質なプラスチックの向こうに浮かぶのは、痛ましい言葉を吐く二人の姿と、ロボット新法の為に廃棄場へと送られるロボット達、そして――。 「……」 心は、まだ揺れている。これを、破滅の根源と封印すれば、全てが終わる。だが。 (自分の結末に後悔はしません。でも、他のロボットに、こんな最後はどうか、させないで) 未来は、まだわからない。もしかしたら、今手にある物が、彼の願いの通りになる為に必要な物になる可能性だってあるのだ。 老人は長い息を吐き、無言のまま踵を返した。その姿に心配そうな声が幾つも上がるが。 「……プログラムを完成させる。お前達も手伝っておくれ」 発せられた音に弱さはもう、見えなかった。一同は一瞬戸惑ったが、我に返った瞬間、意気揚々とした声で返事をする。その中で、もう一度だけケースを撫でた。 (破滅ではなく、良き物へ。わしのロボットも、全てのロボットが救われる方へ導く物へ) 願いを最後に込めた後、老博士は静かに手を離し、確たる足取りで歩き始めたのである。 終わり…… 「……悔しいよな」 薄明かりの灯る室内で、パソコンと向かい合ったメタルは、ポツリと呟いた。その言葉が耳に届いたフラッシュは、休憩代わりに、とばかりに背を伸ばす。 「何が?」 「このプログラムを考えるきっかけとなったのが、我々ではなく、よそのロボットだった、と言う所がさ」 近くにいたのに、と彼から珍しく零れる柔らかい愚痴に、フラッシュは小さく笑う。 「……逆に考えてみろよ、俺達だったからこそ、きっかけにならなかったんじゃないか? 俺達は、そんな目に遭っていないんだから」 メタルは最初、わからない、と視線で語ったが、すぐに合点が行ったか、相槌を打ってきた。 「そう、だな……。そう考えると、恵まれているな、我々は」 「そういう事。……世の中のロボットが、俺達みたいに恵まれていたら博士だって、これに思い至らなかっただろうよ」 机の脇に置いてあるカップに手を伸ばし、縁に口をつける。なぜだろう、いつも愛飲している物なのに、変にほろ苦いのだ。 「今、作っている物が、そうなるきっかけとなれば、いや、そうなるようにしないとな」 「そういう事、じゃあ、頑張りましょうか」 またもう一度背を伸ばし、フラッシュはキーボードへと体を向けたのだった。 終わり るーしゅ様、大変お待たせしてしまい、申し訳ありませんでした。 ご期待に添えていたら、そして楽しんで頂けたら幸いです。 リクエストありがとうございました。 以下、ちょっとした後書き的な物を。 この話ではロボットに良い物を作ろうとしたら、うまく行かなくて偉い事になった、と言う感じです。(この話 の流れで行くと、10の流行は調整できたと思って流布したらまだ足りなくてロボットエンザになった、と言うものと、感染している事に気づかなかったセカン ドの誰かがネット回線を繋いだ為にそこから……という二通りを考えていたりします) ただ、ロボット新法の事を考えたら「ワクチンは自分の所にあるとロボットに言う→ロボットがワクチンを求めて集まる→ロボットを保護できる」と言う考えもあったのかもなぁ、とも思いました。人間の手にあるよりは、自分の手元に置いておきたいと。 実際の所、ワイリー博士は何を考えてこれを作ったのでしょうか。もしかしたら、「ロボットエンザに掛かったロボットが暴れる→自分はロボットを作らなくて も良い→懐に優しい!」と言う貧乏事情かもしれません。ただ、どうであったとしても、ロボットの事を思って、と言う部分はあって欲しいな、と思うのです。 PR |
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