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2周年記念リクエスト企画
るーしゅ様リクエスト 「ロボット新法で人間に絶望してロボットエンザの開発を始めたワイリーが2ボス達を死なせまいと案じる」小説 捏造設定、オリジナルキャラクター、ロボグロ描写があります 「つまりですね、ロボット新法と言う物は人心を無視した物だったわけですよ。ロボットに人格を与えれば、それだけ人間は粗末にする事はできなくなる。ただの家電製品みたいに処分する、いや、ただの家電品だって、捨てる時には心が痛むもんですよ」 「そんな精神論だけで済むもんじゃあないでしょう、雇用問題……ロボットが代わりを務める事により、人間は仕事にあぶれ始めているんです。北米では失業率が一年前に比べ、三パーセントも増加しているんですよ?」 「3K と呼ばれる、汚い、きつい、危険、と言う仕事に、まず率先してロボットが配置されました。しかしそれらの仕事に就いていた人達……多くは低所得層出身だそうですが、特に彼らには仕事先がありません。学歴もなければ金もない、その日暮らす事もできないに近い、そんな人達を保護法とかで養うにも、財源がないん ですよ」 「昔の映画の……まあ、もちろん、フィクションですがね、ロボットに仕事を取られた労働者達が反乱を起こそうとするんですよ。現実でもそういう事が……」 「起こっていますよ。人間はロボットと違いますからねぇ。もっとも最近では、去年の七月にニューヨークで起きていますね。スラム街の浮浪者……多くが失業した人達ですが、彼らが暴動を起こし、四日で鎮圧されましたが、死亡者三名、重軽傷者七十三名を出す大惨事になりました。そこまでいかなくても、各地で雇用問題に対するデモが起きています」 「そういった問題もありますがね、しかし人間には難しい仕事、と言うものもあるんですよ。例えば深海探査とか、高層ビルの外側の清掃なんかですね。便利、と言う事に釣られ、住み分けを考えずになんでもかんでもロボット、としてきた弊害が今生まれているんじゃないでしょうかねぇ」 一人の評論家の言葉が終わると同時にCMが入る。なんとも呑気な野原で、女優と子役がお弁当を広げている映像を少し見てから、フラッシュはテレビを消した。 「あー、見ていたのにっ」 隣に座っていたヒートが目くじらを立て、大きい手の中にあるリモコンを取ろうとするが、フラッシュはそれを巧みにかわしてゆく。そんな攻防を一分ほど繰り広げ、先に折れたのはヒートの方だった。僅かに頬を膨らませ、もう、と敗北宣言をすると、スナック菓子風エネルギーを口に放り込んだ。 「お前、あれ見て理解しているのか?」 「全然! ただ大人っぽいかしらって、思って見ていただけー」 にぱにぱと屈託ない笑顔で答え、ヒートはまた袋に手を突っ込む。人間のガキみてぇだ、と呟くフラッシュの声も気にせず、彼はエネルギーを口に放り込んだ。 「じゃあフラッシュはわかってんの?」 「テレビの討論てもんはな、まず結論ありきなんだよ。後はそれを上手く隠しつつ、番組終了まで引き伸ばしているだけで面白いもんなんて……ああ、たまに本音がぽろっと出るのが面白いか」 言いながら、こっそりとヒートの手元の袋に手を伸ばすが、ぱちり、と小さい掌で叩き落とされてしまった。 「ダメ! 久しぶりに買えたんだから!」 自分の後ろに袋を隠し、ヒートはべーっと舌を出す。フラッシュはニヤニヤと笑いながらそれに答えた。 「まぁまぁ、オレもご相伴に預からせて下さいよ」 「……三つだけだからねっ」 乱暴に渡された三つを手に乗せ、ありがとうございます、とヒートに頭を下げる。下げられた方は得意げな顔をして、再びエネルギーをもりもりと食べ始めた。 「……ああ、そうそう、ヒート」 「なぁに? おかわりだったら上げないよっ」 「いや、おかわりじゃなくてなヒート、ちょっと頼まれてくれないか?」 そのロボットはあまり出来が良いとは言えなかった。五体は人に似ているが、人工皮膚もなく、無骨な鋼鉄の肌を晒している。 そのロボットはみすぼらしかった。足先や指の腹は細かい傷に覆われ、脛には一等大きな裂傷跡がある。塗り直しと元の塗装が斑となり、奇妙な模様のようであった。 「どうしても戻る、と言うのか」 尋ねると、彼は一拍置いて頷いた。 「……そうか」 何か重いものが腹の中で暴れる。……以前も聞いた事であるが、出来れば思い直して欲しかった。彼がここに来た時の状態を思えば、元の職場に戻って欲しくなどない。ロボットは粗末に扱われる者と、人と同じに扱われる者の二つがあるが、彼は前者だったからだ。 「ワイリー博士」 彼、はゆっくりと声を出す。その音はやはり機械の物だが、どこか優しい響きがあった。 「博士ニハ、DWNノ皆サンニハ、感謝シテイマス。今回ノ作戦ニ参加シタクナイト、ソウ言ッタ私ニ、優シクシテ下サッタ上ニ、コレカラノ事モ気遣ッテ下サッタ」 彼に心積もりをしたつもりは毛頭なかった。戦いたくない者を無理に戦わせる事は非効率であり、またそんな無理を強いる事が自分の信条に反していただけに過ぎない。実際、彼以外にも多くのロボット達が戦いを拒否したが、それを理由に追い出したり、スクラップにしたり等の外道はしなかった。 「私ノ体ヲ見テ、博士ガ心配シテイルノハワカリマス。デモ、私ハ必要トサレテ、アノレストランノ主人ニ買ワレタノデス。如何様ナ扱イヲサレテモ……私ハ他ノ道ヲ選ブ事ガデキマセン。私ヲ否定スル事ニナリカネマセン」 心臓が僅かに痛んだ。人間にも、彼のように愚直な者がいる。彼らの生き方は傍から見れば不器用そのものだ。しかし、そのひたむきな心は、時として器用に生きる者の胸を打つ事がある。今の痛みも同種の物なのだろうか? 「……新しいロボットがいるかもしれないぞ? それでも……」 「ソレデモ、私ニ出来ル事ガアルカモシレマセン。ダカラ……」 それ以上を聴くのは辛かった。真摯な感情と向き合うには、自分は年を取りすぎていたらしく、感傷しか湧き上がってこないのだ。 「わかった。それでは、お前は元の職場に戻るが良い。……だが、心が変わったら、戻ってきても構わんからな」 「アリガトウゴザイマス。ワイリー博士」 感謝を述べた彼の顔は、表情を作る器官などないのに、笑っている気がした。 その罵声を聞いたのは、フラッシュを伴い、いささか住人の質が悪い街を歩いていた時だった。 「さっさと、出て行けこのポンコツ!」 品のない、潰れたような男の声がして、次に聞こえたのは重い何か――鉄製の物が倒れた音だった。目の前の人だかりが息を呑み、はて、と隙間から覗き込むと、向こう側で、脛に大きな傷跡を持った、見覚えのあるロボットが横たわっていたのだ。 「いつまでも居座って……何がどんな事でもするだ! お前みたいなボロい奴はいらないって言っているだろう! 客が怖がるからいられるだけで損害なんだ!」 店から出て来た品のない男は、踵でロボットの頭を蹴ると何度となく足元の者を罵倒する。何度も、何度も。あまりの光景に、身動きが取れなかった。長い人生、何度となくロボットを手酷く扱う人間を見てきたが、今のこれは、目の前の出来事であるのに、信じる事が出来ないほど惨たらしい振る舞いだったのだ。 一際大きい音がした瞬間、割れた頭部から赤茶色をしたオイルが勢いよく飛び出した。抵抗も示さない者に飽きたのか、それとも満足したのか、男は唾を吐き捨てると建物の中へと入って行く。閉まる扉の音に意識を取り戻し、荷物を投げるようにして、ロボットの元へと駆け寄った。 「大丈夫か!」 膝の上に、形がすっかり変わった頭を乗せる。最後に別れた時よりも体の傷は増え、彼が如何に過酷な扱いを受けていたかを物語っていた。 「しっかりしろ、今直してやるからな、おい!」 持っていた修理キットを取り出して声をかけたが、膝を枕にしたロボットは何かを言いたげに口を動かして、瞳を鈍く光らせるだけだった。 「…………!!」 じわりじわりと加わる重みが、決定的な何かを伝えてくる。隣でフラッシュが小さく呻き、拳を僅かに振るわせた。 「……あれ、壊れたんか」 静まり返った中、ぽつり、と誰かが呟く。その声に、悼みの気持ちはほとんど入っていなかった。 「あれは壊れただろ、頭があんなに拉げたんだ」 「この前喧嘩で死んだ奴みたいに、頭からドバドバなんか出し取るし」 「じゃあ、あれはもらってもええかな? ロボットの銅線とか鉄とかは結構高く売れる」 「構わん構わん、飯屋の親父、あれが帰ってから、アイツはボロくて商売の邪魔だから誰かもらってくれないか、言っとった」 「んじゃあ、もらってもいいんだな。バラして屑屋に売れば、酒代が作れる」 「山分けにしましょ、ワシ、ナポレオンってのが飲んでみたい」 「アホ、そんな酒買えるか」 唇の震えが止まらなかった。一つの命が消えそうだと言うのに、耳に届く声音はあまりに朗らかなのだ。まるで、多くの魚を捕まえた漁師のように、大収穫を為し得た農夫のように、彼らはなんとも軽妙に言葉を交わすのである。 会話と、人垣の顔がぐるぐると交錯する。重みも、何もかもが渾然一体となって―― 「…………ん、むう……」 動きの悪い目蓋を開けると、目の前に広がるのは、汚れの目立ち始めたキーボードと点滅する液晶画面だった。腕に力を入れて体を起こすと、背中と肩にだるさと寒さが走って辛かった。 (あの時の、アレ、か) 最近起こった事柄で、もっとも強烈であった物はしばらく夢に出てくると言う。既に脳裏の向こうへとぼやけ始めている物を思い返しながら、ワイリーは小さく息を吐いた。 あの後――フラッシュはタイムストッパーを使用し、呆然として動かない自分と、倒れたロボットを連れてその場から逃げ出した。……研究所に着いてようやく我に返り、すぐさまあのロボットの修復を試みたが、彼は最後に瞳を瞬かせ、それきり動かなくなった。物言わぬロボットを、せめて見た目だけでも整え、送り出したのはほんの数日前の事である。 「…………」 いまだクラクラとする眦を押さえて視界をなんとか元に戻し、メンテナンス機材のアップデートを始める。セカンドナンバーズの定期メンテナンスが二日後に控えているのだ。 (フラッシュマンを部屋に帰さなければ良かったかもしれんなぁ) あまりの眠気に、少し前まで近くにいた青い機体の姿を思い出す。とはいえ、これ以外の作業にも大分付き合ってもらった彼には休憩が必要であったし、そもそもこの仕事は自分ひとりでも出来ると踏んだ上で帰って貰ったのだ。眠気くらいで泣き言みたいな事など、言う訳にはいかないのだ。 急がねば、と画面と向き合い手を動かすが、小さな塊が五指に纏わりついてゆく。それは次第に蔓草となり、手は、耳痛い音を立ててついに動かなくなって。 「…………ッ!!」 蔓草で縛られた手が、マリオネットのように操られ、予定している文字とは別の物を打とうと動く。止めようと力を込めると、壊れたように酷く震えるのだ。 震えが一際となった瞬間、ワイリーは机を力一杯殴りつけた。繰り糸は消え、重い音が喉に詰まった言葉の代わりに響き、置いていたカップから冷めたコーヒーが数滴零れたが、そんな物は気にならなかった。 (自分は、ロボットが望んだ事を優先させた。いくらかの意見は述べたが、それでも自己の行く末を決めたのは、彼自身である。無理矢理に引き止め、彼を良く扱ってくれる者に行かせたとしても、幸せになれたかどうかは、わからない。……最たる幸福とは、自身で選択出来る事だと言う。ならば、――) 歯噛みし、再び机を殴りつける。違うのではないか、と心が悲鳴を上げた。 (馬鹿者がっ、どう考えても、どう言っても、あのロボットを救えなかった事には、変わりないではないか!) 結局はそうなのだ。どのように理由をつけようとも、あのロボットが死んだと言う事実に違いはないのだ。 (ライトと同じだ……アイツは法の下にロボットを見殺しにし、自分は信条の下にあのロボットを見殺しにした) ……いや、あのロボットだけではないかもしれない。元の主人へ返した者達のいくらかが、自分の与り知らぬ所で、彼と同じような死に方をしているのかもしれないのだ。 もう一度、拳を叩き付けた。何度八つ当たりしても過去は変わらない。だが、そうしなければならなかった。 「クソッ……!!」 目の熱を堪えながら、ムカムカとする物を飲み込む。網膜の中で、今まで見てきた、ロボット新法を含め、人の勝手で死んでいったロボット達の姿が映っては消える。多くの者の顔が交錯する中、次第に人間の面も増えてゆく。鉄鋼の面差しは様々に変わるのに、血肉の者の表情は、どれも同じ薄汚い物だった。 (人は変わる、変わってゆける。だから、いつか――) かつて志を共にした男の声が聞こえた。彼はいつもそうやって、瞳に浮かべてはそう言っていたが。 「……変わる間に、どれ位が、死ぬと言うのだ……?! 人間のように怒りも、抵抗も何も出来ず、ただ殺されるだけで……!」 言葉を吐いた瞬間、雷鳴の様に何かが瞬く。それは目も眩むほどの光明で、脳裏に刺さった瞬間の衝撃は、心臓の鼓動すら止まるほどの物だった。 暗い部屋の中、嗚咽にも似た溜息を漏らし、ワイリーはキーボードに再び手をかける。彼は、驚くほど無心だった。だから、軽快な音が響く部屋のドアが、僅かに開いている事にも気づかなかった。 最初に倒れたのは、フラッシュだった。朝から妙な動きを見せていた彼は午後、廊下を歩いている最中に突然停止し、倒れたのである。担ぎ込まれた彼の機体の温度は高く、一時なぞは触れる事すら出来ないほどだった。 次に倒れたのはクラッシュだった。彼もまた、突然行動停止となり、その場に崩れ落ちたのである。ただ、フラッシュと違う所があった。停止する直前、突然腕を振り上げ、クラッシュボムで壁を破壊しようとしたのである。 三番目、ウッドが倒れたのはクラッシュが倒れてから一時間後の、十六時三十三分頃の事だった。症状は前者二人と同じであったが、彼はまだ軽いのか、倒れてからも意識が僅かながらあるらしく、時々うわ言を呟いていた。 「一体どうしたというのだ……?」 近かったから、と言う理由でサードのメンテナンスルームに運びこまれた三体を前に、ワイリーは苦みばしった声を出す。症状から思い当たるワクチンを投与して大分が経つが、彼らの容態は一向に良くならないのだ。機体温度を測定する計器は、依然異常な数値を叩き出しており、冷却装置が悲鳴を上げる始末である。 「博士、もしかしたら新種の……」 言い掛けたアストロの言葉を、わかっている、の一言で遮り、ワイリーは顔を上げた。 「グラビティー、アストロはクラッシュとウッドのCPUの解析を行ってくれ。フラッシュの方はワシが行う。わかっていると思うが、自分のCPUに繋いで解析は行うなよ」 「了解~」 指名された二人は、クラッシュとウッドから伸びるコードの一本をパソコンに繋ぎ、作業を開始する。解析作業の速度は大分遅くなるが、犠牲者を増やさない為には致し方ない事だ。 「博士、フリーズとフロストが到着しました」 「フリーズ、フロストは三人の機体の冷却の手伝いを、シェード、演算処理能力の高い奴をもう二、三人連れてきてくれ」 「御意」 頭を下げ、部屋を出てゆくシェードの声には、いくらかの狼狽が見える。ワイリーの懐刀であるセカンドナンバーズが、しかも三人も倒れたのだから当然の事かもしれない、とその背を横目で見送りながらワイリーは息を吐いた。 「博士、首尾はどうです?」 「うん、まだ二割も……と、バブルか」 脇から、のろりと顔を出した水中用ロボットにいささか驚きながら、それでも胸を撫で下ろす。グラスの底にある目を見るに、どうやら彼は無事のようである。 「僕も解析にまわりましょうか? 手分けした方が良さそうだ」 父が提案に賛成するよりも前に、バブルは開いているパソコンの前へと歩いてゆく。まあ、時間が掛かりそうではあるので、彼の提案はもちろん、快く受け入れるつもりではあったが。 人手も増え、いざ、と向かった瞬間、ワイリーはまたも作業を止めた。 「バブル、お前以外のセカンドはどうしている?」 「ん、あ、クイックとヒートは無事です。二人とも、休憩室に待機させています。メタルとエアーは……わかりません」 「なにぃ?」 思わず素っ頓狂な声を出すと、回答者は肩を竦める。 「フラッシュが倒れた辺りで一応、連絡を入れたんです。でも返信が来なくて……GPSから、僕だと行けない所にいるみたいで、マタサブロウ達に見に行ってもらうように指示して……ここに来る前にもアクアマンとクリスタルマンに呼んで来てくれ、頼んだんです」 彼の行動と判断を、事態を軽く見すぎている、と言うべきだっただろうか。いや、フラッシュが倒れた時はよくあるウィルス感染だと、自身も軽薄な判断を下していたのだから、彼を責める権利などないのだ。 胸の底から呼気を汲み上げ、重々しく吐き出す。事態は、嫌な方向に転がりそうで眩暈を覚えるが、さりとてそのような事に体力を使う暇などないのだ。 今度こそ、とまだ一文しか表示していない液晶と向かい合ったが、それを静止したのは、グラビティーだった。 「博士、クリスタルから連絡が入りましたぁ、なんか、メタルマンとエアーマンが半壊で倒れているって……」 泣き出しそうな声は、部屋の中に寒々と広がる。 事態は、全くもって、悪い方向へと向かっているらしい。 ストーン、ジャンクの手で運び込まれたメタル、エアーを前に、ワイリーはただ俯き、呻く事すら出来なかった。これまでの症例と同じように温度高い二人の体は傷だらけであるが、エアー、メタル共に腕の損傷が特に激しかった。 「エアーさんは押しつぶされたような……メタルさんは、メタルブレードによる傷でしょうかね」 二人の腕を取り、傷を検証しながらシェードは苦みばしった顔で呟くが、その声が主人に届いている様子は窺えない。 (無理もないですね) それに対して意見を言う事はしなかった。彼が力の限りを込め、最初に作ったセカンドナンバーズが僅か三人を残して壊滅、しかも二人に至ってはウィルスによるものか、仲間割れらしきものまでしてしまったのだから、打ちひしがれても致し方ない事だ。 「クリスタル、アクア」 指示を待つべきか否か、迷っていたシェードの後ろから、主の搾り出すような声が届く。振り返ってみれば、老人は渋い表情を浮かべていた。 「状況を、二人はどんな状態で倒れていた?」 一瞬、言葉がつかめなかったのだろう、クリスタルは僅かに呆気に取られたような顔をしたが、すぐに姿勢を正したのである。 「ハイ、バブルマンからの連絡の後、オレ……私とアクアマンは指示のあった場所に赴きました。部屋に入ってみると、先に来ていたマタサブロウ以下、部下のロボット達の残骸と、メタルブレードの破片が散らばっており、中央にメタルマンとエアーマンが倒れていたのです」 「それで、まだ壊れきっていないマタサブロウに、あ、そいつはメタルマン達と一緒にいた奴だったけれど、事情を聞いたんだボヨ。そいつの話だと、部屋で作業をしていたメタルマンが動きを止めたかと思った途端に、何か言いながら攻撃し始めたらしいボヨ。そいつ以外の連中も止めようとしたけれど、反撃を食らって……らしいボヨ」 「何か言いながら……?」 曇り空がやや晴れ、光を瞳に宿したワイリーは口を開く。 「メタルマンが言った内容、もう少し詳しくはわからないか?」 「ええと、残念ながら、そのマタサブロウもいまいちわからなかったようでそれ以上は……他に生き残った者も、わからないとの事です」 クリスタルの報告を受けて、そうか、と呟くワイリーの顔に、再び雲が掛かる。しかし。 「ならば……誰か、メタル達が倒れていた部屋にいたロボットで、頭部がしっかりと残っている物をいくつか、ここに持ってきてくれないか? それらから、当時の記憶を吸い出そう」 飛んでくるワイリーの言葉に反応し、何人かが駆け出して行く。事態の全貌は未だに闇に包まれているものの、それでもいつもの様子に戻り始めた主人を見て、部屋の中の意気はゆっくりと高まりつつあった。 先に倒れた三人の列に加わったメタル、エアーの脇で、一体のピエロボットにコードを繋ぐ。切断面が痛々しく、見ているのも辛い。口の中で謝り、顔を撫でて機械のスイッチを入れると、彼の最後の記憶が画面に映し出された。 「……と、……で、……ブンスのクラ……といっ……」 ノイズと砂嵐の向こうから、メタルとエアーの声が聞こえる。その調子から、二人の状態はまだ健全らしい事がわかる。次の作戦の下準備の打ち合わせが、三、四分ほど続いただろうか、まず聞こえたのはエアーの声だった。 「……した、メタル……グっ?!」 グラリと赤い影が倒れかけた瞬間、突如銀の刃が部屋の中を飛び交った。斬撃と悲鳴、静止の叫びが木霊する中、這い出すような弱弱しい声が響く。 「エ……アァ……止め……ロ」 「う、う、メ、タ、……」 幽鬼のように立つメタルが、不意を突かれて倒れこんだエアーに迫る。 「タの……む、止メてく……このマま……オレ……」 雑音の向こうから、キシキシと何か嫌な音が聞こえる。そこにエアーの呻く声が混ざった。 「……ア……博士ガ……」 「……様、おや……下……い! エ……ー様が壊れ……」 蹲るエアーを踏みつけるメタルを、羽交い絞めにしようとしたマタサブロウが一体、メタルブレードで両断される。 「たノ……エ……だと……レ……せを……」 「……タ、ル……やめ……」 硬いものが潰れる音と共に、エアーの悲鳴が途切れ途切れに響いた。動かなくなった彼の前に立つメタルは、ゆっくりと腕を振り上げると、持っていたメタルブレードを自身の腕に突きつける。 「メタル様、何を……!」 声が鮮明に聞こえたのは、このピエロボットの物だからだろうか。画面がメタルにズームしてゆき、途端、ひどく映像が乱れた。 「博士を……殺してしまう……」 その音声の後は、砂嵐と雑音の世界が広がるのみだった。 「博士を殺す……?」 メタルの言葉に、息を呑んでいた者達が一斉にざわめき出した。 影響は最小限ながら、DWNにもロボット工学三原則が組み込まれている。それは主たるワイリーが人間だから、と言うだけではなく、世界征服を果たした後に、人間との軋轢を最小限にする為でもある。その為彼らは間接的に人間を傷つける事はあるが、命を奪う事は出来ない。……百歩譲って、他の人間を、ならともかく創造主たるワイリーを殺すなど、暴挙以外の何者でもないのだ。 「ウィルスの影響か……? いや、それだってそんな過激は……」 口篭るワイリーの後ろで、バブルが呼びかけた。 「博士、ちょっと」 腕を引っ張られ、座らせられたのはパソコンの前だ。解析班のグラビティーとアストロが脇に控えているが、動揺しているのか、それとも興奮しているのか、その表情(アストロは発光ダイオードの目だけだが)は妙なものがあった。 「今しがた、クラッシュのCPUの解析が終わったのですが、これを」 コマンドを入力し、エンターキーをポン、と押すと、ウィンドウが現れる。黒い地面に白い文字が躍るが、その配列にワイリーは目を見開いた。 「これは……?!」 そこには人を殺せ、と殺傷を命令する言葉がいくつもいくつも並んでいる。恥ずかしそうに身を小さくしながら、アストロが恐る恐る声をかけてきた。 「解析の最終段階でわかったんです。しかもこの指令、どうも増殖しているみたいでCPUの容量を大分圧迫しています」 「ウッドマンはまだここまでの解析は済んでいませんが、症状から考えて、おそらく同じ状態だと思います、だから、おそらく、フラッシュマン、そしてメタルマン、もしかしたら、エアーマンも……」 グラビティーはそこまで言って怖くなったのか、隣のアストロと身を寄せ合った。元々、DWNとしては気の弱い二人である。この画面を目にした時、どれほど恐怖したか、それは想像に難くない。 「じゃあその……増殖している指令が容量を喰っているのが、この異常停止と発熱の原因なのか?」 「いや……容量だけの問題ではない」 試しに命令を取り消し、別の物に上書きしたが、それを追いまわるスピードで、病的な注文は増えてゆく。目の当たりにするほど不気味で、おぞましかった。 「お前達には、ロボット工学三原則……ロボットの倫理を、希薄だが組み込んでいる。この、ウィルスが下す命令は、その倫理から完全に逸脱したものだ。片方の割合が少ないとはいえ、二つの相反する物に挟まれ、矛盾を解消しようとCPUが異常な処理を行って発熱し、自己を守る為に機能を停止させたのだろう」 細菌を追い出す為に、人間の体が熱を出すように。 その言葉の後しばらく、部屋は沈黙に包まれた。ただ冷却機器と、パソコンの稼動音だけが空間を飛び交うだけである。 「じゃあ」 無音に耐え切れなくなったか、アクアがぽろり、と声を出した。そこにいつもの陽気さは見受けられない。 「その、おかしな命令を出しているのは、ウィルスなんだよね? でも、どうしてセカンドの、しかも五人しか、それに罹っていないんだボヨ? 他の、例えばバブルマンなんかや、僕とかが罹っていてもおかしくないはずだけど?」 「それなんだけど……」 前に出てきたのはバブルである。彼はカレンダーの書かれた紙を、何枚か机に広げた。 「今回、ウィルスに感染したのは、二、三日前に定期メンテナンスを受けた連中だけなんだよ。僕達セカンドは、二班に別れてメンテナンスを行う。僕とヒート、フラッシュとクイックは機能がちょっと特殊だから、メタル達とは別の日にやるんだ」 「あれ、でも、フラッシュマンは倒れているぞ?」 散らばった一枚を手に取り、ストーンが呟く。バブルはそれに相槌を打つと、言葉を再開した。 「フラッシュは、あいつはよく博士の手伝いをしているからね、今回のメンテナンスでも手伝いに駆り出されていたし……」 「その際に感染した、と……どちらにしろ、今回のメンテナンスが原因、と言う事ですか、ねぇ、博士」 シェードはワイリーに声をかけたが、返事はなかった。彼はただじっと、画面を見つめている。口元は動いているが、何を呟いているかわからなかった。 「……博士?」 「……グラビティーとアクアは、このままウィルスの解析を行ってくれ、バブルはわしと、セカンドのメンテナンス機器の解析だ。他の者はセカンドの修復及び冷却を行ってくれ」 掠れ声の指示に皆は息を呑んだが、すぐに返事をして各々の作業に取り掛かり始める。動き始める者達の中で一人、ワイリーは椅子に根を下したまま立とうともしなかった。ようやっと重い腰を上げたが、その足元はどうもおぼつかない。脇からシェードとバブルが彼の肩を支えると、主の呟きが耳に入ってきた。 「わしのせいだ」 ……ひどく弱々しく、どこか動揺した響きが篭っている六文字の言葉に、二人は戸惑いを隠せなかった。思わずワイリーの顔を見るが、そこに広がるのは悔悟の表情だけだった。 (この事態の原因が……? いや、それはともかく!) 悲鳴を上げるように回転するCPUを止めるかのように、バブルはただ首を振った。 「博士、今はとにかく、アイツらを治す事だけです」 今はとにかく、倒れた者達を助ける事が重要なのだ。原因など、後で解明すればよい。 皺だらけの冷たい手を暖めるように握る。それに縋るかのように、ワイリーはバブルの掌を握り返した。 あらゆる湿気を吸い、ほとんど水と化したような空気がある。呼気をするにも喉が詰まり、何とか飲み下してもそれらは上手く全身を廻ってくれず、肩の辺りに溜まってゆくのだ。 「……」 そのような空気が充満している部屋があった。その部屋の真ん中に鎮座するソファーに座ったヒートは、この前購入したロボット用のお菓子を食べていたが、いくつかを口にした辺りで早々に封をした。味はわかるけれど、それを嚥下する事が上手く出来ず、喉から先にちっとも落ちてくれないからだ。 「……」 顔を上げると、入り口に近い扉の脇の壁に寄りかかっているクイックが見えた。いつもならばどこかへ行ってしまうが、さすがに今回は素直に待機しているようだ。彼は何も言わず、腕を組んでじっと立ち尽くしていた。 「……ぅ……」 俯き、溜息のような、うめき声のような、どちらとも取れる物をヒートは口から吐き出す。何か言いたいけれど何も言えないし、行動したくてもどうしたらいいかわからないのだ。 バブル程の解析能力があれば、手伝いに行けたかもしれないが、生憎自身のCPUはそれほど賢くはなかった。これ以上倒れる者を増やさない、それも手伝いだ、とバブルは言っていたし、それも正しいとは思うが、しかし気が揉めて仕方ないのだ。今はただ、喉に詰まった石が不快で仕方がない。 持っていたお菓子の袋を、八つ当たりのようにテーブルに投げた、その途端。 「……ですね、ロボット新法と言う物は人心を無視した物だったわけですよ。ロボットに人格を与えれば、それだけ人間は粗末にする事はできなくなる」 「うわっ」 静まり返っていた部屋に突然飛び込んできた音に驚き、何事かと周りを見回すと、正面のテレビがついていた。……どうやら、袋を投げた所にリモコンがあったらしい。 「なんだい、脅かすなっ」 頬を膨らませて画面を見ると、スーツを着た人間が何人も、えらくムツカしそうな顔をして円卓に座っている。 「……3K と呼ばれる、汚い、きつい、危険、と言う仕事に、まず率先してロボットが配置されました。しかしそれらの仕事に就いていた人達……多くは低所得層出身だそうですが、特に彼らには仕事先がありません。学歴もなければ金もない、その日暮らす事もできないに近い、そんな人達を保護法とかで養うにも、財源がないん ですよ」 「昔の映画の……まあ、もちろん、フィクションですがね、ロボットに仕事を取られた労働者達が反乱を起こそうとするんですよ。現実でもそういう事が……」 何の気なしに会話を頭に入れていたヒートは、少し首を傾げた。どうもこの言葉を、以前に聴いたような気がするのだ。 「……一週間で鎮圧されましたが、死亡者三名、重軽傷者七十三名を出す大惨事になりました。そこまでいかなくても、各地で雇用問題に対するデモが起きています」 「そういった問題もありますがね、しかし人間には難しい仕事、と言うものもあるんですよ。例えば深海探査とか、高層ビルの外側の清掃なんかですね。便利、と言う事に釣られ、住み分けを考えずになんでもかんでもロボット、としてきた弊害が今生まれているんじゃないでしょうかねぇ」 一人の評論家の言葉が終わると同時に、清涼飲料水のCMに切り替わる。セリフの内容と言い、タイミングと言い、どうも記憶がある。はて、どこでこんなつまらない話を耳にしただろうか? たっぷり三十秒は考えただろうか、ヒートはようやく、さっきの物が、前に大人っぽいからと、意味も分からず見ていた討論番組だったと思い出したのだ。 「……こんなん再放送する位なら、もっとおもしろいのにすりゃいいのに」 正体が分かれば、面白みなど全くない。悪態をつきながらリモコンのある方に手を伸ばす。ボタンを押して、黒色に戻った画面をぼんやり眺めながら、あの時はフラッシュが消したんだよなぁ、と幾日か前の光景を思い返した。 「……」 目の前にその時の映像が過ぎった瞬間、きゅう、と輸液管が窄まり、喉が痛くなった。……あの時、自分の隣にいた人物は、今はいない。……もしかすれば永遠にいなくなってしまう可能性すらある。 「……っ」 なんとも言えない物を感じ、ヒートは音を立てるように頬を撫で擦った。感傷に浸る性質ではないと思っていたが、意外とそうではなかったらしい。自分自身に驚きを覚えるが、それよりも切ないと言う感情の方が辛かった。 なぜか再生される当時の記憶が、余計に心を掻き毟る。この番組を見ていた時、フラッシュは自分が食べていた物を強請って、それでいくつかを上げて……。 (いや、おかわりじゃなくてなヒート、ちょっと……) 「あっ……!」 その一言を思い出した途端、ヒートは目を大きく開いた。息を呑んで、恐る恐る辺りを見ると、視界に入る物全てが鮮明な色を取り戻したような気がする。事態が発生してからずっと、世界は靄に包まれ白く濁っていたのに、今はそんな痕跡すら見当たらない。 ソファーから飛び降り、小さな足音を立ててドアへとひたすら走る。瞑想するかのように立っていたクイックが気づいたのか、顔を上げて小さな弟機を見た。 「どうした」 「思い出した! 博士の所に行ってくる!」 今は説明する時間すら惜しい。雲を掴むような言葉を吐いて、ドアを開けて走ろうとしたが、慌てていたせいか足元が縺れ、ヒートはべったりと廊下に倒れこんだ。 「いった……」 動力炉の早鐘は酷く高鳴っている。足の鈍臭さに苛立ちつつ、痛みに震える腕で上体を起こすと、視界に赤く大きな掌が飛び込んできた。ぎょっとしつつ更に顔を上げると、クイックの面がそこにあった。 「…………」 ヒートは恐る恐る差し出された手を支えに立ち上がるが、予想に反してふわっと体が浮いた。 「は、へ?」 「しっかりつかまっていろ、……連れて行く」 つっけんどんにそれだけを告げると、クイックはヒートを抱え、一目散にワイリーがいる部屋へと駆け出す。突然の移動と、クイックの言葉に慌てたヒートは、ただただ悲鳴に似た声を上げるだけだった。 後編へ PR |
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