僕はDWN。今の世の中では少数派で、悪と呼ばれている。君はDRN。今の世の中では多数派で、正義の立ち位置にいる。この境界を壊す術は、どっちかが折れる以外にはなくって、でも、それはほとんど不可能に近い事だ。大多数が少数に傾く事なんてない。少数も、その数が故に頑ななのだ。
だから、僕達がこうして会って、話して、抱き合って、そんな事をしてもそれは薄い透明なビニール越しのやり取りのようで、本当の本当に触れ合う事なんて、きっと出来ないのだろうと、そんな風に思っていた。
黒色の岩に、波が当たって砕け散る。隙間から顔を出した小さい蟹が、飛沫に驚いて目を白黒させて戻ってゆく。海を活動の場に置いていれば何度も目にするような、他愛もない風景だ。空は遠くまで行っても青く、海もまた同じ色に煌いていた。
「ここ最近は天気も上々で、良い気分ねぇ」
岩に腰をかけ、スプラッシュは嬉しそうに笑う。隣に座って、僕は何気なく相槌を打っていた。彼女の話に登場するのは、博士や兄弟や同僚……大多数の中に身を置く人達だ。知っている名前もあれば、そうでないものもある。
僕の知らない、彼女の世界。もし、僕が多数の中にいたなら、その世界に溶け込む事ができたのだろうか。或いは彼女が僕の側に来たなら。
ぼんやりとありもしない光景を考えていると、とんとん、と腕を叩かれた。視界を合わせて彼女の方を見れば、心配そうな表情を浮かべて僕の手を引く。
「どうしたの? 何かあったの?」
その問いに首を横に振り、安心させる為にスプラッシュの柔らかい頬に手を添えた。優しく撫でていると、掌に肌を摺り寄せてくる。
「何か悪い事でも言ってしまったのかと、そう思ったのだけれど……」
「いいや、ただ、ちょっとね」
頬から手を離し、岩に触れる。固くて冷たいそれの感触は、まるで僕の心みたいだった。
「境ってのが、あるのかなって。どんなに君が好きでもって」
それ以上は、言えなかった。本当はもっと色々と伝えなければいけないのかもしれないけれど、僕にはその勇気がなかったのだ。
顔を見れば、彼女はきょとん、と目を丸くして僕を見つめている。その表情をなんだか可愛い、と思ってしまったのはいけない事かもしれない。
「そうかしら」
スプラッシュの口から出てきたのは意外な言葉だった。逆に僕が目を丸くしていると、彼女は手をまっすぐ、海の方へと伸ばした。
「空と海が、目の前では区別できるのに、向こう側では溶け合って、どちらかわからなくなって見える時があるわ」
そう見える時は、確かにある。天気などの条件で出来上がる光景で、何度かそれと出会った事があるけれど、あれはなかなか心を打つ物があった。
「境なんて、本当はないのよ。寄り添っていけば、いつかは一つになれるんじゃないかしら?」
ね、と首を少し傾げて彼女は笑う。その後ろには空と海が広がっていた。
「……そう、かもしれないね」
明確な線を意識して絶望するよりも、遠くても繋がる事を信じた方がずっと幸せで、正しい事なのかもしれない。
彼女の手に触れて、僕は小さく頷く。目を遠くにやると、空と海が、境目なく溶け合っているように見えた。
終わり
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