現世に生きる万物全て、何か一つは望みを持っている物である。しかしそれらがなにもかも叶うかと言えば、実際はそうではない。希望する職業があってもそれに就けるとは限らないし、好きな人が自分を好きになってくれないことだってあるのだ。
「私のは、叶えられないのかしらね」
藍色の柔らかな世界の間、優雅な曲線を描く尾を動かしながらスプラッシュは誰となく呟く。視界の中にちらりと浮かぶのは、職場の人間が見せてくれた写真に載っていた白い衣装。望んでも袖を通すことが出来ない、花嫁装束だ。
望むなら、と彼女は思う。一度でいいから袖を通してみたい。そして隣には望むあの人がいてほしい。更に言えるのなら、写真を見せてくれた人みたいに、皆に祝福されたい……。
「ばかねぇ」
そこまで考えて自嘲気味に笑った。自分が願っていた事が叶ったと言うのに、これ以上を願うなぞ、我が侭が過ぎるではないか。
「これ以上はだめよ、これ以上は……」
願いすぎたら、きっと叶えたものを取り上げられてしまうに違いない。頭を振って視界を綺麗にし、スプラッシュは尾ひれをせわしく動かして前に進む。目的の場所、愛しい人の住処はもうすぐなのだ。
「おい、バブル、なんだこの箱は」
床に置かれた箱を指し、少し低い声でエアーは尋ねる。回答者に指定されたバブルは、しかし答えなかった。
「あーあ、また何か買ったのか。うちはお金が苦しいんだから、少しは我慢しろと、あれほど言っているだろう」
箱に気づいたメタルは、頭を抱えながら青息吐息、いささか小言気味に呟く。ロボットのクセに、頭でも痛いのだろうか。
「何買ったの? 漫画? ゲーム? おもちゃ? 僕にもやらせてくれる?」
無邪気にヒートは箱の上に腕と頭を乗せる。何かな何かな、とニコニコ笑いながら。
バブルはひとまず、ヒートには下りてもらい、箱をひょい、と脇に抱えた。
「まあ、安心してよ。少なくとも、僕には無駄のないものだから」
答えにはなっていないが、一応言葉を返して、バブルは自分の部屋へと引っ込む。鍵を閉め、箱を開けると中には真っ白い絹の衣装が一着入っていた。
「うん、いい感じだ」
恐る恐る、こわごわそれを手に取り、マスクの下で笑みを作る。無断でサイズを測ったから、彼女は怒るだろうか、とは思うが、その顔もまたかわいらしいので素直に怒られようなどと彼は勝手に考える。
「大々的に式、みたいなのは挙げられないけどさ、これぐらいはいいよね?」
花嫁衣裳を着せて、指輪を渡すくらい。
誰となく呟いて箱の中に衣装を戻す。思い描くのはこれを見せた時のスプラッシュの顔。果たして彼の望みどおりになったのか、それを知るのは本人達だけである。
終わり
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